豆瓣というウェブサイトをご存知だろうか。
中国のソーシャルネットワークサービスで、各種作品のレビューや中国各地で開かれるイベントの告知をアップする場所として使われている。一言で言い表すと、コミュニティ機能に特化したmixのようなものだ。
ボクに豆瓣を教えてくれた日本人の友人は三里屯や798芸術区などのポップカルチャー地区でクラブやDJイベントがいつ開かれるか日時を調べるために使っている。マイナーな趣味のコミュほど結束間が強いそうだ。
当然ミステリ関係のコミュニティもあり、ボク自身は歳月・推理コミュに加入している。しかし見るものと言ったら書籍の発売日と、読んでも理解できなかった作品のトリックの謎解きぐらいでさほど豆瓣に興味を持っていなかった。
だが先日、とあるコミュを眼にしてこの豆瓣というSNSが日本ではありえない貴重な空間を提供してくれていることを知った。
なんと、ミステリカテゴリの一つ御手洗熊猫コミュに御手洗熊猫本人がいるのだ。
そして熊猫先生は12月4日のトピックを自ら立てて読者へ向けてこれ以上ない吉報を伝える。原文は長いので以下抄訳したものを記載する。
原文 http://www.douban.com/group/topic/16159336/?start=0
《島田流殺人事件》
作者:御手洗熊猫
文字数:32万字
ジャンル:長編オリジナル推理小説
今のところサイン本
表紙のデザインはボクのメールボックスへ
まさにみんなが待ち望んでいた御手洗熊猫先生未出版の長編小説《島田流殺人事件》がついに世に出るというのだ。
作者本人からもたらされたニュースに豆瓣の熊猫読者は大歓喜。ようやく読めることが出来るというのでスレの住人は急激に興奮し、「オレも欲しい、私も欲しい」というレスが続いた。
ボクもこの空間の熱狂に流されて「オレも欲しい」とレスをして、見事予約者として数えられた。
しかし、このトピックにはこのグッドニュースが単なる出版決定とは言えない妙な違和感が付きまとっていた。そしてその疑惑はやはり熊猫自身のコメントによって払拭されることになる。
2010-12-04 熊猫
ボクの計画はこんな感じです。
まず島田流を印刷してそのあとに混濁館を印刷します。
なぜ自分で刷るのか?島田流が出版される見込みはないですし、しかも今執筆中の混濁館は×××のせいで(もちろんそっち方面の理由じゃありません)もっと出版が難しいです。混濁館が出版できないんだったら、島田流のことでもジタバタしたくはありません。それにボクは自分の作品を自分の思い通りにデザインしてみたいんです。
驚くべきことに、32万字を費やした島田流殺人事件は自費出版という形で世に出ることになるのだ。
にわかには信じられない事実に出版社に勤務しているNightという人物がこんなことを言った。
物語の背景(舞台)を中国にしてくれるならウチで出版しますよ。
それに対して熊猫は
この本は中国を舞台に出来ない深刻な理由があるんですよ。
とつぶやく。
また南宗丘という人物がこのようなことを述べている。
誰が決めたか知らないが、物語の背景を中国にしなければいけないってのが推理小説を国内で出版する要求の一つ。
自費出版した本には出版コードもないしきっと面倒くさいことになるよ。
それに対応すると思われる熊猫のレスはこの通りだ
この本は島田荘司と新本格との関係が非常に密接で、もし中国を舞台になんかしたら絶対わけわからないことになります。この本は新本格に捧げるためのものですが、中国じゃ本格推理すら満足に発達していません。それに続編の《混濁館殺人事件》では舞台を日本にしなければいけない理由があります。ボクは混濁館のために島田流も出版社を通さずに出版することに決めたんです。
この答えに南宗丘は次のように反論する
私も以前外国が舞台の本を書いたことがありますが、出版社に「海外に行ったことがなく外国のことを何も知らない奴が書いた本に間違いがあったらどうするんだ」といわれました。確かに日常生活の記述で些細な間違いをする可能性があるので、出版社の言葉には一理あります。
だから小説の登場人物が中国に行ったって設定にするのはどうですか?物語のキモは推理にあるわけですし、トリックなどは変えずにすむでしょう。
この言葉に熊猫はカチンと来たのかそっけなく答えている。
舞台を中国に変えることは絶対に無理です。この点は小説を読んでいない方には理解できないでしょうね。
面白いのは中国の出版事情を知っているらしい人物が熊猫へ物語の舞台を中国に置き換えるよう執拗に薦めている点だ。
推理小説なんてのはトリックという背骨さえあればどんな肉付けも可能というのが、彼らの意見なのだろう。しかし熊猫は推理小説家の中でも魅力的な謎をこよなく愛し、ストーリー性をくどいほど重んじ、登場人物に彼らの美学を存分に語らせることが大好きな作家だ。熊猫が書き出す推理小説にはなまら分厚い肉付けがなされた巨魁を十分に支えられるぶっとい推理という名の背骨が埋まっているのだ。肉付けを誤れば醜い骨格が顔を出す。
この豆瓣は見ているだけでも十分楽しめる。
コメントの投稿者欄を見ると有名人が見つかるのだ。
歳月・推理でおなじみの言桄、いろんな雑誌に寄稿しているが正体不明の覆面作家河狸、中国語版ドグラマグラに前書きを寄せ、『本格ミステリーワールド2010』にも中国ミステリ事情を執筆した天蠍小猪たちが「オレも買うぜ」とコメントしているのだ。
そしてトピックの初めには熊猫が現在の本の予約状況と予約者をリストにまとめていて、友人や同業者には手渡しすると書いている。
手渡しのリストに目を通すと、歳月・推理の作家たちばかり。その中には日本でも名の知られた水天一色の名前もある。
戦友同士の確かな紐帯を見た気がして読者心理がこれ以上ないほどくすぐられます。
ずっと読み進めた手渡しリストの最後には歳月・推理編集長の張宏利がある。彼はなんと5冊購入だ。編集部に配るのだろう。
ってかお前が出版してやれよ!!
まだ表紙のデザインが決まっていないので出版日時は不明です。
もしかしたらどこかの出版社から発売されるかもしれませんし、アクシデントが起きて自費出版の話すら立ち消える可能性もあります。しかしこれから毎日、トピックの進行チェックが欠かせません。