公安法制文学の代表雑誌『啄木鳥』(WOODPECKER)の2014年2月号を購入した。
公安法制文学とは…1950年から60年代に成立した小説の一ジャンルで、中国の警察機構公安の関係者を主人公に据えている。成立当時は時代背景も相まってスパイ、国民党、アメリカなど反共産党的存在と戦う公安の警察官が描かれ、探偵に代わって犯罪を暴き犯人を捕まえるという展開が多かったため公安法制文学は今でも探偵小説に類別される。しかし公安の活躍の描写に重点を置いた作品が多いため、トリックを期待したり、日本の刑事小説のような組織内の複雑な人間関係を想像していると痛い目に遭う。
公安法制文学=探偵小説という思い込みがあったのだが、2月号の目玉は2013年の年末に広東省の麻薬村『博社村』で大規模な大捕り物が決行されるまでの数ヶ月に及ぶ計画を描いたドキュメンタリーだった。
そして小説も探偵小説に属していたのは『偵探与推理』コーナーの一作と、『外国懸疑推理』コーナーに掲載された仁木悦子の『赤い猫』の計二作品のみだった。他の掲載小説は単なる物語に過ぎなかったのだが、その中の『截訪』では体制寄りの文学が発する強烈な違和感が浮き彫りになっていた。
タイトルの『截訪』とは『上訪』を阻止するという意味である。『上訪』とは地方の政府機関を飛び越して上級機関へ直訴・陳情するという意味だ。地方から北京に来る直訴者の窮状は2008年の北京オリンピックに備えた大規模な取り締まりにより日本でも既に知られるようになったが、本作は直訴を阻止する公安の目線に立った作品である。
劉桂花は十数年前の医療事故を解決するため毎年春に娘とともに北京へ直訴に行き、村の党幹部や警察官を恐れさせていた。派出所の所長老夏は日頃劉に北京へ行かないよう懇切丁寧にお願いしていたが、劉は頑なに直訴を繰り返す。
劉の娘馮笑笑は幼い頃から母親とともに直訴に行っていた彼女の唯一の理解者だったが、恋人の艾東東が公安に所属することになり、母の行動に反対するようになる。直訴者を身内に持つ人間が公安関係者と結婚できるわけがないからだ。
誰も望まぬ直訴を繰り返す劉に老夏や馮笑笑の声は届くのだろうか。
ここでは謝罪も済んで賠償金も支払われているのにそれでもなお直訴を繰り返す劉を悪質なクレーマーと見なし、老夏に代表される公安は厄介な直訴者に振り回される被害者として描かれている。確かに作品からは劉の性格の悪さというか、直訴を繰り返すうちに人間としての何かが欠落してしまった非人間的な印象を見て取れる。もしかしたら現実にも劉のように地方の公安を脅迫するような直訴者もいるかもしれないが、公安を弱者として描くのには違和感しか覚えない。
物語は一応ハッピーエンドで終わる。劉が直訴先の北京で倒れ、老夏に病院にまで運び込まれ適切な治療を受けているとき、老夏が自分の直訴のせいで公安をクビになることを知る。そして娘の結婚の意志が固いことを知り、退院後ついに『二度と直訴はしない』と泣き叫ぶのである。
中国では今年2月に地方の事件を県や中央政府に直訴する『越級上訪』が禁止された。毎月1日発売の雑誌の2月号でこの法律を背景にした作品を掲載することは不可能だと思うが、このタイミングには何らかの意志を感じずにはいられない。
本誌の作品案内から抜粋し翻訳した以下の文章に直訴に対する公安の態度が顕著に表れている。
『直訴者も直訴を阻止する側も多大な代償を支払う。苦しみの後に彼らは今までやっていたことは何だったのだろうと思い返すだろう』
相手の立場や家族の幸せを思えるのなら直訴など止めることだ。と言うことか。
啄木鳥公式サイト
http://www.e-woodpecker.com/