読書の秋ってことなので外に出て本を読むことにした。
場所は新光天地という高級デパートの敷地内に設置されているベンチ。本を読むような場所ではないのだが他に読書に適した場所もない。
しばらく読んでいると声をかけられた。訛りの強い中国語だった。顔を上げると年齢30代後半ぐらいの男が日に焼けた顔に笑顔を浮かべて立っていた。口調から察してどうやらボクに何か勧めているようだが、ヒドイ訛りで聞いたことのない単語をズラズラ並べてまくしたてられるので何も理解できない。
ボク日本人だからアンタの言ってることわからないよ。
こんにちの日中関係をまったく無視した言葉で拒絶したものの、男は尚更嬉しそうに話を続けた。訛りが若干緩くなった気がした。
彼の話を数回聞き直してようやく四大仏山やら九華山という単語が聞き取れて、仏教関係の勧誘だということがわかった。
肩提げ鞄から『安徽省九華山仏教協会』と記された手帳を出して見せてくれたが、本当にタイミングが悪かったと言って良いだろう。何故ならそのときボクが読んでいた本は暗訪十年セカンドシーズン。中国の詐欺犯罪を特集した本を読んでいたボクに向かっていったい何をしようと言うのか。
お前の顔はいい相をしていると営業トークでまくしたてられたボクはわけのわからないまま笑顔で相槌を打っていると、相手は更に気をよくして手相を見せてくれと言う。
タダですか?と質問すると男は多少怒った口調になり、コレはオレの善意なんだからお金のことなんか言わないでくれみたいなことを諭すように言った。彼の言葉に、暗訪十年のせいで先入観まみれだったボクはすっかり感動してしまい、もし面白い手相鑑定だったら多少でも寄付しようかと思い始めた。
手相を見せて生年月日を教えると、男はズラズラと安徽省訛りの不思議な中国語を並べ立てた。90歳以上生きるだとか、お前の属性は蛇で、五行思想で言うと金であるから金が表す方角である北方へ行けだとか、外国人を相手にするには到底理解不能な単語ばかりである。
良かったなオッサン、ボクがアトラス系のゲームを好きで。普通の日本人は五行だとか言われても聞き取れてもピンと来ないぞ。
そしてオッサン、コレがあれば運がやってくると真っ赤なお札をボクにくれた。このご時世にタダでものをくれるなんて良い人である。仏道の力を借りて過去に戻り、オッサンを疑ってしまった自分を戒めたい。
しかしいつまでもオッサンとベンチに座っているわけにもいかない。そもそもこんな場所は男二人が顔を寄せ合って座る場所じゃない。オッサンだってこのあとも布教活動があるだろう。ボクはそろそろ帰ることにするよ。
じゃあお香代をくれないか。
オッサンがとんでもないことを口走った。
「99元と139元と199元コースがあるんだ。この封筒(安徽省九華山仏教協会という文字と仏像の姿が印刷されている)に君の願い事を書いてくれ。お金を入れたら九華山まで代わりに届けるよ。いま不景気だから199元とは言わない。でも君は外国人なんだからせめて139元にしてくれないか」
おいココだけエラク綺麗に聞き取れたぞ。やっぱりアンタも暗訪十年の登場人物か。
日焼けが苦労を物語っているはずのこのオッサンが全然信用出来なくなった。線香代とは言え初対面の人間に100元もの大金を上げる理由が見当たらない。それに安徽省九華山仏教協会という名前の書かれた手帳も説得力のない物証だ。だって身分証の類は道端でバンバン売られているもの。
あまりの要求に怒ることも出来ず、だが手相を見てもらってお札までもらっているので無下に扱うことも出来ない。何とかお金を支払わずにこの場を立ち去れる方法はないだろうか。
じゃあ自分の足で九華山に行って寄付してくるよ。それで良いだろう?
オッサンと分かれたらやっぱり罪悪感が生まれた。あれだけしてくれた男に対して嘘を吐いて逃げることはなかったんじゃないかと。しかしふと冷静になって考えてみると男の占いも言い分もおかしい。
男が言ったボクの属性が蛇という話だが、コレが干支を表しているのなら誤りだ。ボクは巳年生まれではない。そして五行思想の金は北の方位を表すと言ったが、金ならば西の方角が正しい。
やはりあの男は仏教徒でも何でもない詐欺師だったのか、それとも勉強不足の占い師だったか、はたまた陰陽五行とは別の思想に基づいているのか。
こういう出来事に遭遇すると毎度自虐の念に駆られる。今回、ボクはおそらく客観的に見ても何も悪いことはしていないはずだが、ボクがお金を寄付してくれるはずと考えたオッサンの期待を裏切ってしまったと考えるといや~な気持ちになる。
10元程度なら『寄付』してあげたのになぁ。外国人だから139元はないわ。