尖閣諸島の一件で日中関係がここ数日悪化したみたいで、在中の日本人は大使館から行動を慎むよう注意を受けた。そして9月18日は反日デモが起こるので特に気を付けるよう勧告されたのだが、あんまりにやることがないので見学しに行ってしまった。
日本大使館がある北京市の建国門はいつもながら車輛で賑わっており、これからデモが起こる風景には見えなかった。しかし大使館に近付くにつれて公安警察の車と人間が増えてきて緊張感が高まる。建国門はもともと各国の大使館が密集している土地で、公安や警備員の姿など見慣れたものであるのだが人数の多さに物々しさを感じる。
大使館の周りには行けずに一般人は大使館から若干離れたホテル周辺で足止めを喰らわされていた。
ホテル周辺の道路はテープが張られて多数の公安と野次馬がたむろしている。遠くの方から時々聞こえる怒声というか罵声というか、肝を冷やす大声に怯えていると、ホテルの陰で中国旗を配っている集団の姿が見えた。
まだデモは始まっていないそうだし、周りにいる人間はみな単なる見学者なのに周囲の視線が恐ろしい。彼らがボクに暴力を働かないってことは理解しているのだが、万が一何か起こったにしてもボクを守ってくれるわけでもないんだと考えると後悔した。中国旗ぐらい準備してくれば良かった。
しかし、アウェーにいる興奮感も沸々たぎる。こうなりゃ公安に怒られるまで大使館の近くに行ってやろうかと歩を進めると、見知った顔を見つけた。留学生時代からの日本人の友達だった。
ボク「你好」(どうも)
友人「你好」(やあ)
友人「我们去那边吧」(ちょっとあっち行こう)
ボク「好好好」(OK)
流石にこの場所で日本語を使うほど迂闊ではない。
友人はボクより先に着いていて既にビデオなんかを回していた。
ビデオを見せてもらうとデモ参加者と公安が言い争っている状況が映っていた。喰ってかからん勢いのデモ参加者に向かって、二時半から始まるからそのとき来い。と公安がやんわりたしなめている。
時刻になるまで辺りをぶらついていると、こんな事態を起こした不甲斐ない日本政府に喝を入れるためボクらも日本の旗持ってデモに参加しようかという話になったが、そもそも土曜日って大使館やっているのかと疑問に思ったので無駄なことだと諦める。
と言うよりもボクらは大使館近くどころかデモ隊にすら近寄れなかった。大使館まで警備のテープが三重に張り巡らされていて、二時半になるとボクら野次馬は大使館から数百メートル離れたテープの外側まで追い払われたのだ。
大使館近くまで行けるのは正規のデモ隊と許可証を持ったメディアだけだ。
こっから
ここまで引き下がった。
遠目から見てもデモ隊の人数が少なく見える。中国人の野次馬も「少なくない?」と首をかしげるほどだ。
友人の話だと今回のデモはいろんなグループがバラバラに行動しているらしい。そのうちの一つが大使館前でデモをする権利を持っているのだろう。見づらいが紅い中国旗の隣で揺れる青い旗は彼らグループの団旗か。
遠くから見ても面白くもなんでもない。ボクらは立ち去るギャラリーと一緒に現場から離れることにした。
とても地味なデモだった。数年前の大規模なデモと比べて規律が取れていたと言い換えても良いかもしれない。一瞬即発で暴動に発展するような空気はなく、公安の対応も慣れたものであった。
デモ隊も公安も一定のルールに基づき行動しており、部外者は中国人だろうが排除された。だから今回大使館前に集合した、200人に満たないデモ隊が北京市民を代表しているとは言えない。
だが今回のデモはメディアに乗って瞬く間に中国人民に知れ渡り、国民の紐帯を強める切っ掛けになるのだ。
ある野次馬の一人が言った。
「ここじゃ見えないから、家に帰って土豆(中国の動画サイト)で見ようぜ」
今回のデモはプロレスじみていた。ガチではなくてルールとノートが存在する試合である。しかし中国政府はデモで上手に人民の不満を解消するとともに、メディアを使って狡猾に人心を掌握している。