龍瓶(中国語タイトルは龙缸):骨董時光
798芸術区の骨董品店兼書店で発見。前日にここで作者のサイン会が開かれていたようで唯一残っていたサイン本を偶然手に入れることができました。
(作者の本名 劉越のサインがある)
本書はミステリ小説のジャンルに属してはいないがとある骨董品にまつわる謎に翻弄され、解明しようと言う人々を描いている面ではミステリ小説とも言えなくもない。骨董品をテーマにしたミステリ小説は少なくないが、本書ではそれを巡って殺人事件が起きることはなく、あくまでも骨董品の謎のみを中心に物語が展開します。
北京では名の知れた骨董収蔵家の安夢帰の住まいである四合院には清の時代から文革を経て現在まで隠されていた明朝時代の巨大な陶磁器の水瓶、通称『龍瓶』が遺されていた。明の皇帝が所有していたという国宝級の骨董をオークションする権利を得たオークション会社の時光は喜んだのも束の間、ライバル会社も全く同じ龍瓶を出品していることに気付き、どちらかが贋作ではないかという疑念を抱く。調査を経て贋作疑惑を強めた時光はついに景徳鎮まで向かい龍瓶の由来を確かめようとする。一方、安夢帰の一人娘である安晴は時光の部下として龍瓶を調べていたが、ライバル会社にいる大学時代の恋人の唐非との出会いが彼女の運命を変えていく。
龍瓶とは上の写真のような巨大な水槽です。
作者の骨董時光は現役の骨董品鑑定士ということもあり本書で紹介されている骨董品の見分け方はきっと作者本人の経験と知識に裏打ちされたものなのでしょう。物語の肝である龍瓶は文革中に壊されないように人の盲点を利用した場所に隠されていたのですが、作者の背景を知っているともしかしてこれも現実にあった隠し方なのかと楽しませてくれます。
清朝、中華民国時代、日本占領や文革などという中国史を踏まえた中国骨董業界を読者が重さを感じない程度に描き、更には舞台をイギリスにまで移して贋作に翻弄されるプロの様子が現実には存在しないはずの贋作に厚みをつけています。
不満点は視点の入れ替えが頻繁でキャラクターの個性があまり生かされていないことです。例えば時光はせっかく景徳鎮まで調査に行って重要な情報を掴んでくるのにその後は全然ターンが回ってきません。安晴はアメリカ帰りで中国文化に疎く、見る人によっては少々生意気に見みられる性格で、環境を内側から破壊する主人公に相応しく、きっと彼女が周囲の人間と協力や衝突を経て龍瓶の秘密を明らかにするのではと思いきや、唐非に会ってからはすっかり個性がなくなって物語の中心から姿をひそめます。こういうキャラクターの消費はもったいないと思いました。
作者にはまだたっぷりネタがあるでしょうから続編は絶対あるでしょう。作者の本意はわかりませんが次はもう少しミステリ色の強い作品に挑戦して貰いたいですね。
あとこの本では龍瓶が埋まっている場所の上空に龍が現れたり、縁のある骨董品同士が近づくと振動するなどの神秘的な現象が肯定的というかありふれたこととして描かれているのですが、もしかして実際の骨董品業界でも稀にあることなのかなと思ってしまいました。