替死鬼 著:井士 イラスト:ekao
2012年の角川華文軽小説暨挿絵大賞(現在の角川華文軽小説大賞)で銅賞を受賞した中国産ライトノベルです。(著者とイラストレーターは台湾人。)中国のラノベを読んでみたくなったので積ん読の中から取り出しました。
玉突き事故に巻き込まれ意識不明の状態になった張植は自分の意志とは無関係にこれから死ぬ人間に取り憑いて他人の死を経験するという理不尽な能力を得た。あるときは焼かれ、あるときは刺されて殺され続けた彼が13人目に取り憑いた男子高校生の皮提偉はいじめられっ子だった。皮提偉が不良の楊浩たちからのイジメを苦に自殺をしようと考えていたことに気付いた張植は取り憑いた人間の都合を第一に考えて行動するというルールのもと、そして皮提偉の幼馴染の女の子・林希綺のために不良たちに一矢を報い、彼を自殺から救う。しかし、14人目に取り憑いた人間のせいで張植は更なる苦労を強いられることになる。
タイトルの『替死鬼』とは「身代わり、スケープゴート」を意味します。作中で他人の体に入ることを『附身』(取り憑く)と言っていますが、張植に取り憑かれている間、皮提偉の意識はないため彼ら二人が頭の中で会話をすることはなく、取り憑かれていたことすら覚えていません。だから初期の幽☆遊☆白書ではなく密・リターンズのような設定だと考えてください。
本体が寝たきり状態で今までずっと殺され続けていた張植にとって皮提偉の境遇は同情こそすれ怒ることではないようで、まさに他人事と言った風に冷静に仕返しの計画を練ります。また張植は実は23歳なので大人の知識を駆使して考えられた仕返しはちょっとご都合主義に偏りすぎていないかと思いますが読者の溜飲が下がります。そして張植が取り憑かなければ皮提偉は死んでいたという状況には外部の大人が加入しないとイジメ問題一つ解決できないことに対するやるせなさを感じますが、張植を通じて皮提偉の周囲に彼を大切に思う人間がいたことに読者が気付けるのは不幸中の幸いです。
本作の見所は皮提偉の自殺を止めた張植が次に○○に取り憑くところにあります。多分、本作の銅賞授与の理由はまさにその一点にあると思います。皮提偉と違い○○には殺される原因があるので本書は中盤から自分を殺す犯人を突き止めるミステリ小説のような展開になるのですが、張植が皮提偉だったときにやったことのせいで行動に制約がかかっていることも巧いと思います。
もしこの学校に張植が来なければ自殺と他殺で二名の死者が出ていたでしょう。しかしこの話があまりハッピーエンドに見られないのは、もちろん物語のラストにすっきりしていないこともありますが、張植が自分で望んだものではないとは言え問題に介入したにも関わらず態度が軽く、しかも彼の存在が誰にも悟られていないので事態がどう転ぼうが責任を取らない立場だったことが気になったからです。確かに彼は二人の命を救いましたが、正体を誰にも知られていないので誰にも褒められずまた責められもしないというその身の振り方は主人公として正しいのでしょうか。
この話の肝は張植が学園生活で非常に能動的に動く一方、自身の存在を隠して徹底的に黒子に徹するというところにありますが、個人的には誰でもいいから張植自身を評価する人間を置いてもいいのではないかと思いました。