第4回カバラン・島田荘司推理小説賞受賞作。2013年に中国で起きた実在の事件をもとにした作品だが、本書最大の見どころはその事件を調査することではない。
全盲の馮維本はドイツ人夫婦に養子として迎えられ、名前をベンジャミンと改名し幼少期からドイツで暮らしていた。だが「男児眼球くりぬき事件」をきっかけに中国行きを決意。養父母の心配を億劫に思いながらICPOである温幼蝶とともに中国へ渡る。だが現地では事件の捜査を邪魔するかのような出来事が立て続けに起こり、ベンジャミンは第三者の存在に気付く。
おそらく日本でも報道されたであろう「男児眼球くりぬき事件」とは、2013年8月24日の晩に山西省の村で6歳の少年がよその土地の言葉を喋る女性に話しかけられ山に連れ出されたところ両目をくりぬかれたという事件である。
子どもの目をえぐりとるという悲惨な事件に世論が沸き、警察も犯人逮捕にやる気を見せて10万元の懸賞金をかけたが事件は思いがけない形で決着する。
8月30日に少年の伯母である張会英が井戸へ飛び降りて自殺をしたわけだが、9月3日にその伯母が犯人であることが警察から発表された。
参考:被害少年に関する百度百科
この事件の最大の謎は少年の証言と犯人像が微妙に食い違っている点だ。まず、少年いわく犯人はよその土地の言葉を喋ったとあるが、これはつまり犯人がこの土地の人間ではないということを表す。また、少年と伯母は同じ地区に住んでいないとはいえこれまで数回顔を合わせており伯母のことは知っていたはず。
他にも多くの謎がある事件だが一応犯人は伯母のまま被疑者死亡で決着した。
まず注意したいのがこの作品は現実に起きた「男子眼球くりぬき事件」の新たな犯人を見つけ出して当局の捜査に疑問を投げかけたり社会に真犯人の存在を訴えるという作品ではないということである。
犯人の正体や動機などが作中で語られるがそれはあくまでもフィクションであり、インパクトはあっても結局作品のメインではない。では作中一番の謎は何かというと主人公○○自身にある。振り返ってみると○○の身の周りには不思議な出来事が起こっており、○○には何か大きな秘密が隠されているのだろうと考えられなくもない。しかし彼自身が盲人ゆえに読者も彼を通じた情報しか入ってこないからなかなかその謎にはたどり着けないのだ。
本書『黄』は簡体字版だが2015年に既に繁体字版が出版されている。そして今年簡体字版が出るという段になって表紙デザインがネットに発表されたのだがそれが中国人読者の大不評を買った。そして現在出版されたデザインへと変更されたというわけだが、ではボツを食らった表紙は一体どういうものだったのか繁体字版と比較して見てみよう
簡体字版ボツバージョン
繁体字版
黒字に黄色の一文字が映える繁体字版のシンプルなデザインは大陸でも評価されている。「それに比べてうち(大陸)の表紙はなんだ」と読者をなおさら落胆させた簡体字版の表紙が上のもの。黄色い下地に両目が描かれ、片方の目が手のようなもので覆われていて左下には犬のような動物がいる。全体的にうるさい感じがしてのっぺりしている。
そして現在の表紙となったわけだがやはり情報過多のような気がする。比較対象となる繁体字版という優秀な見本が既にあるからどんなデザインになったとしても見劣りしてしまうのはしょうがないが、表紙がダサいから簡体字版は買わないと言う読者も存在するかもしれない。中国ミステリーは表紙の段階から読者の評価がはじまるのである。