痛苦収集者/著:張未
表紙に『最絶望的推理小説』(一番絶望する推理小説)とあり、一番とか最もとか言う形容詞に地雷臭を感じたが読み進めてみると全然そんなことはない青春ホラーミステリに仕上がっていた。
陸上部のエースだった女の子が自身を罠に陥れて二度と走れない体にさせられた犯人である現エースに嫌がらせをしようと、彼女の机に犬の死体を入れたら次の日にそれが人の手に変わっていたというパンチの効いた出だしから始まり、そしてこの元エースを皮切りに陸上部員の中でも成績の良い生徒が次々に失踪する連続誘拐事件へと発展する。
誘拐のターゲットになる陸上部員はみな家庭と自身の人格に問題を抱えており、表面上そして成績の上では良い子であるものの、その実質は親からの重圧から逃れるため、または親や教師の期待に応えるためならば他人を傷つけることを躊躇わないモンスターである。だがこの本が単なる学園ものに留まらないのは、生徒たちが狙われる事件で唯一学校に在籍していない被害者が存在するからだ。高校生が対象となる事件の中で経済的事情から高校に進学できなかった少年の存在が誘拐犯の動機を複雑なものにしている。
一般学生と不就学少年の違いは単なる環境や社会的立場に留まらず、親も金も何もない子供と親の庇護のもとで生活している子供の、それぞれが持つ悩みや歪みまでも一線を画す。犯人によって同じ状況下に置かれ同じ苦痛を味わうことにより、両者は平等に扱われるわけだが、しかしその状況すら犯人が用意した偽りの空間であり、その謎を解決するのは両者に因縁のある別の少年だ。僅かな証拠から犯人の意図を読み、警察以上の推理力を発揮する少年にまるで探偵ではなく犯罪者の素質を見出してしまうが、大人には子供たちの本質が理解できないという点が本作の魅力である。
誘拐された生徒は手の込んだ拷問をされ、痛みから逃れるために選択肢を用意されている拷問はまるで『SAW』を思い起こさせる。まさか生徒が誘拐されるたびに新たな拷問描写が用意され、ミステリ小説からサスペンス・スリラー小説に移行してしまうのではと危惧したが、拷問はあくまでも犯人の異常性を説明する描写のみに留まった。
駄作になる要素がちょいちょい出てきて心配させられたが、余計な描写を書き加えることなく佳作のままで終わった秀逸なミステリだった。