面白い本を手に入れたのでえらく久しぶりに中国のミステリのレビューを。
この撸撸姐的超本格事件簿(ルルさんの超本格事件簿)の裏表紙を見るとおかしなことに気がつく。
全世界の書籍に必ず付いているISBNコードがないのだ。そしてページをめくるとこの文言。
そう、これは今年10月13日の『第1回上海コミックマーケット』で出品されたオリジナルのミステリ小説同人誌なのだ。値段は1冊30元。
この本は陸小包というアマチュア作家がSNSサイト豆瓣上で連載していた短編シリーズを書籍化したもの。同人誌とは言えその装幀は中国国内の下手な小説より綺麗で、推薦文はミステリ業界では有名な書評家天蠍小猪が寄稿している。
さてその中身はと言うと、これがとんでもない代物で、作者後書きにもある通りそりゃどこの出版社も引き受けたくないだろう。
この短編は撸撸(この『撸』って漢字ちゃんと表示されるのか不安だ。手偏に魯でLuと言います。)という女探偵と助手が毎回依頼人の持ち込む奇妙な事件を解決する1作品10ページほどのシリーズだ。
1話目の『超本格殺人事件』(全作品が超○○事件という名称だが、これは東野圭吾の『超・殺人事件』のオマージュだろう)は家に帰ったらミステリマニアの息子が死んでいて、妻に人殺しだと疑われた林という名前の男が相談に来るというストーリーで、『木』というまるで『林』を思わせるダイニングメッセージが焦点となっている。
その依頼事を解くため助手が毎回とんでもない推理をしてルルに突っ込まれるというパターンだが、だからと言ってルルがまともな推理を披露するわけではない。1話目はミステリマニアが昂じて母親を殺そうとした息子が逆に返り討ちに遭い、『本格』と書き遺そうとして『木』で終わってしまったというオチだ。
どれもネットで発表していた作品だからSS(ショートショート)並みの分量しかないが、それもルルと助手の漫才のような掛け合いを抜かせば更に軽くなるだろう。
しかも1話目のオチはまだまともな部類だ。2話目の『超速消失事件』では既にタイムスリップという禁じ手が登場するし、3話は初恋の女性が実は男性でしたというしょうもない話で、このような脱力させられるオチが本全体に溢れている。
しかしそれで本書をぶん投げるわけにはいかない。何故なら作品の前の推薦文及び解説でこの本が如何に通常のミステリからかけ離れているのか散々注意されるからだ。それを知った上で読んだ読者が悪いのである。
さて、天蠍小猪は推薦文で本書をこう定義付けている。「これは紛れもないバカミスだ」と。
中国でバカミスというジャンルが公式に登場した時期は不明だが、中国大陸では2011年に東山彰良の『ジョニー・ザ・ラビット』が『兎子強尼』という名で出版され、日本で受けた評価そのままに巴嘎推理、つまりバカミスと宣伝された。
(巴嘎の読みはbagaであり、要するに『馬鹿』の音訳。戦争ドラマの影響で中国でも日本語と同じ意味で通じる)
日本のミステリを原文で読むことのできる読者は『兎子強尼』出版以前にもバカミスに触れており、バカミスは『巴嘎推理』や『蠢推理』(蠢:愚か、間抜けの意味)の名で中国人読者の間に浸透していった。
ちなみに『兎子強尼』の序文を書いたのも天蠍小猪だ。ではバカミスを知る彼にバカミス認定された本書はバカミスなのだろうか。タイムスリップというどうしようもないオチはともかく、どんな下らなくて非現実的な謎にも一応伏線めいたものを用意している。探偵と助手の掛け合いはこの謎より遥かにつまらないが、作者自身寒いギャグと言っているので追求しても意味がない。
しかし、作者の陸小包は後書き等では自身の作品をバカミスと言っていない。むしろ天蠍小猪にバカミスの説明を受けたことに感謝している。彼がバカミスを知らなかったとは考えられないが、本格ミステリを真似たパロディ小説ぐらいだと思っていたようだ。
それが天蠍小猪にバカミスと定義付けられたことで、本作はいちミステリ小説としてようやく扱えるようになったと言えなくもない。バカミスとしてもレベルの低いことが問題ではあるが…それに、いくら予備知識が必要だからといって、作品の前に3人もの評論兼注意書きを載せて予防線を張りまくるのもいただけない。これじゃ本を投げようにも投げられない。
そして聞き間違いをもとにしたガッツ石松的オチが3話以上あった。多すぎる。バカミスと聞き間違いは親和性が高いようだ。