「中国密室之王」と呼ばれる(これ最初に言い出したの誰だ?)孫沁文(またの名を鶏丁)が放つ日常ミステリ短編集『写字楼的奇想日誌』(オフィスビルの奇妙な日誌)。オフィスビルで次々と起こるよく分からない現象をパソコンオタクが解き明かす。
あるアプリ開発会社に採用された「俺」は、オフィスビルの2222室でたった一人で働く。そのビルの受付をする黄小玲と仲良くなり、「沈先生」というあだ名を付けられ、ある事件で彼女にかけられた疑惑を晴らしてから、オフィスビルで起こる様々な出来事の推理をすることに。牛乳を買い占める現場作業員、室内で傘を差す男、エレベーターにしゃがんで入って消えた男……日常で見掛ける不可解なワンシーンから謎の気配を察知し、小規模な謎を解決する。
社員が自分一人しかいない会社に就職するという導入なので、てっきりその会社で意味が分からない仕事をやらされて犯罪に巻き込まれるのかと思いきや、会社自体はとてもまっとうで、ビル内の他のオフィスが主な舞台だ。小さな事件や嫌がらせなどに時には巻き込まれ、時には首を突っ込み、わずかな手掛かりから推理を組み立てていくのだが、目撃したら必ず違和感を覚えるだろうワンシーンと、それから生じた実際の「犯行」内容とのギャップが面白い。逆に言うと、牛乳買い占めや室内での傘差しが誰にも見られなければ、単なるちっぽけな偽造事件や窃盗事件行で終わってしまう。日常ミステリとは、大したことのないトリックに華を添えるために話の冒頭、起承転結の「起」の部分を特に工夫する必要があるのかもしれない。
「俺」と黄小玲はよく事件に巻き込まれるし、性格の悪い女性たちによく絡まれる。オフィスビルで次々と変な事件が起きる理由は、ミステリー作品によくあるご都合主義で、ヒステリックな女性陣は造型の浅いステレオタイプのキャラだろうとばかり思っていたが、その評価はラストで一変する。
ラストは短編集によくある、これまでの話のまとめでもあり、黄小玲を中心にして過去の話の様々な要素が伏線となって現れる。ここでようやく、オフィスビルが日常ミステリの舞台になれた原因や、女性たちの不機嫌な理由が各人物の感情面から明らかになる。物語を形成している根本的な要素の解明と向き合っており、日常の謎にも首謀者がおり、動機は根深く複雑であることを書いている。