北京オリンピックまで一ヶ月も切った。路上や空港にはボランティアが待機しており、街からはゴミが消え草花であふれている。にも関わらず開催地北京に暮らしているボクには五輪の足音があまりはっきりと聞こえない。オリンピックのために新しく出来た地下鉄は未だ開通していないし、中国人の友達は五輪なんか知らねぇって風に故郷に帰ってしまった。
その代わり北京がだんだんきな臭くなってきたように思える。行き付けの新彊料理屋の看板からはウイグル文字が消え、オリンピックで使用されるプールがあるうちの大学には構内にフェンスが張られ、公安や都市管理警察がけっこう本気になって道ばたの屋台とかをしょっ引いている。こんなことをして誰の支持を得るのかわからないが、オリンピックのせいで北京市民は苦労しなければいけないみたいだ。『オリンピック』という今まで観たこともない怪物が徐々に迫ってくるので色々と準備をしているのだけど、脆弱で見当違いな対策しかしていない。
フェンスが張られた大学構内の様子。
遠くに公安や警備員の姿が見える状況は隔離されているようでバイオハザード的だ。
中国の大学は平年より早い夏休みに入り、留学を終えた友人たちが続々と母国へ帰って行く。
今日は面倒をよく見てくれた先輩が日本へ帰国するのを見送りに、一緒に北京首都空港まで行った。日曜日にはタジキスタン人の友人が帰国するし、翌週の15日には神戸から来た大学生が二人も帰る。
毎日毎日人が減っていき、暇だけが増える。
帰る友人たちは口々に日本でまた会うことを約束して去って行くので、見ていてあまり悲壮感は感じられない。しかし北海道が故郷のボクにとって「東京でまた会おう」という言葉が現実感のない挨拶に聞こえる。
帰国する彼らが今回の一年に及ぶ留学に満足できたのか、悔いを残していない人はいないが今期の留学生は善し悪しはともかくとして一般では体験できない事件をそばで感じられただろう。
今年の中国は上半期だけで激動の一年だったと言っても良い。南方雪害、チベット暴動に、四川大地震、そして北京オリンピック。中国史に残る事件が立て続けに起きた年だったが、ただの留学生であるボクらにとっては全てが迷惑だった。
チベット暴動では外国人の行動が制限され、中国人の凝り固まったチベット観を見せつけられたり、四川大地震では何も出来なかった日本の派遣隊に対する行き過ぎた賞賛を受け、中国人の団結心に薄ら寒さを覚えたり、開幕を一ヶ月後に控えたオリンピックには中国が抱える矛盾がボロボロと露出し、いったい何のための北京五輪なのかが理解に苦しんだ。
なかでも衝撃的だったのは、やはり四川大地震だろう。
これは僕が留学している大学のはずれの壁に描かれた絵で、いわゆるウォールペイント(落書き)だ。
中 国と言っても不良はいる。しかも大学構内の壁に描かれているから、エリート大学と言われる本校の大学生がやってるんだろう。嘆かわしいと思う反面、とても 面白いと思う。そもそもこういうウォールペイントって言うのは反社会的なもので、自分勝手な自己表現の他に社会への諷刺が多少なりとも含まれていると思 う。