深夜将至,別喫罐頭 著:不帯剣
タイトルを直訳すると「夜更けに缶詰を食べるな」になるだろうか。たかが缶詰とは言え開ける際には封を解く高揚感とそこにできた空間を覗きこむ期待感が伴うが、この開けるという行為が今まで目に触れられなかったものを外に出すことだと思えば、その中身を見るという行為には「深淵を覗く者は…」という有名な一節が頭をよぎることだろう。
本書は16のショートショートで構成されており、裏表紙に『都市伝説』と書かれているように、まるで洒落怖(死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?)の中でも質の良い作品が収録されているようだった。
しかし、ほとんど表紙に惹かれて買っただけなので、作者が台湾人だとは中身を読むまで気が付かなかった。
道理で「マーガリン」に「人工バター」という注釈が付いていたり、建物面積を表す「坪」という単位にも注釈が付いていたりと、本筋とは関係のないものに注釈が付けられていたわけだ。確かに「マーガリン」を北京で見たことはないな。
本書の中で特に面白かった作品をいくつか紹介する。
『飢餓』は食べ物が消えた世界で奔走するタクシー運転手の話。飢えに耐えかね怪しい男から高額で古びた缶詰を買うと警察が家にやってきて捕まり、そこで彼は食事が法律で禁止されたという事実を知る。拷問を受けても彼の飢えは収まらず、釈放されて飢えと痛みでフラフラになった彼の目に映ったのは車に轢かれたばかりの犬の死体だった。
食事が何故犯罪になったのか、他の人間はどうやって生きているのか、古びた缶詰があるということは昔は食事が許されていたのか、それとも麻薬と同じ扱われ方なのか、などなど一切の掘り下げも説明もなく、ただこの現実を受け止めよとばかりに理不尽に展開する。
『生魚片』(刺身)は都市伝説的な話からきっちりとホラー小説に昇華させているが、それが逆に本作を凡作にさせてしまった。
旅行先の居酒屋で旨い刺身をおかわりすると店長に本当まだ食べるのかと聞かれる。不思議に思い厨房を覗くと、店長が自身の腹を切って肉片をお皿に載せているところだった。驚いて店を出た男の体に後日異変が起きる…
平山夢明の『東京伝説』にこんな話あったなぁと思い出しながら読んだ。
『租屋』(借家)は借りた部屋に次々と怪異が起きるという王道パターンを踏襲しているが後半から粘液質の化物が出て、最後は都市伝説的な終わり方で締める。家自体が化物で家と一体化するという話は小林泰三の『肉食屋敷』にも似ている。
『狗』は飼い犬の視点で展開する話で、そのあまりの人間的な独白に人間の魂が入った犬が主人公なのかと思わせられたが最後でまさかの正体が判明する叙述ホラー(こんな言葉あるのだろうか)。
表紙には『軽恐怖』(ライトホラー)と書いているけど、各作品にはどれもしっかりしたオチが用意されているので読み応えはある。中国ホラーとしてはちょっと洗練されすぎているのがやや不満なところではあるが…