それは人から人、メディアからメディアの伝播によって原話が変貌して中国社会に根差すような都市伝説になったのかもしれません。
もしくは日本の『タクシー幽霊』とアメリカの『消えたヒッチハイカー』のように偶然にも内容が酷似しているだけなのかもしれません。
しかし既に話を知っている身としましては、前述の『紅いチョッキ』はやはり稲川淳二先生の『赤い半纏』の焼き直しとしか思えません。そのような視点で再び中国の都市伝説を調べてみますと、日本の都市伝説や怪談、そして2chのオカルト板発祥の怖い話が原型と思われる話が他にも見当たります。
例えば
・何を見たかわかった
古い女子寮に住む2人の女生徒が首吊り自殺者の出た部屋まで肝試しに行く。しかしその部屋には鍵がかかっていて扉が開かない。そこで1人が鍵穴から部屋を覗いてみたが、中は血のように真っ赤で何も見えない。
「なんでこんなに赤いの?」
彼女の呟きを聞いたもう1人の女生徒がその場に崩れ落ちた。そして真っ青な唇を震わせてこう言った。
「先輩が言ってたんだけど、その首吊り自殺をした女の子って、死んだとき目が真っ赤に染まっていたんだって」
これはネットの有名な怖い話『赤い部屋』に似ていますね。
日本の話だと、気になる女性が住んでいる部屋の扉のドアスコープを覗いた、または壁に空いた穴から隣の部屋を覗いたら、真っ赤で何も見えなかった。後日調べてみると、その人は眼病を患っていて目が血のように真っ赤だったことがわかった。という筋立てになっています。
見ているコッチが実は見られていた。恐怖が1拍子遅れてやってくる怖い話です。
またこんな話もあります。
とある大学の女子寮でのこと。真夜中、女生徒が寮の共用トイレに入り用を足そうとすると、後ろから白と黄色のわら半紙をつまんだ手が伸びてきた。
「1枚選べ」
背後から不気味な声が聞こえる。彼女は言われるがまま白い紙を選んだ。するとまた背後で
「白は3日、黄色は7日」
と声がしたかと思うと、それっきり何も聞こえなくなった。
部屋にもどった彼女はルームメイトたちにさっき遭遇した出来事を話すが、みんな信じてくれない。結局誰かのいたずらだと言うことになり、彼女もそれで安心した。
しかしそれから3日後、彼女は突然急死した。死因は不明である。
これは日本の都市伝説『赤い紙、青い紙』と似ていますね。日本の話だとどちらを選んでも必ず殺される二択から助かる方法があるようですが、中国だとどうなんでしょう。
トイレの怪談の起源を遡れば中国の『紫姑神』伝説に行き当たるといいます。なので『赤い紙、青い紙』ももしかしたらこの話が元ネタなのかもしれませんね。
更に『紅いチョッキ』よりも稲川先生らしい話がこちら。
・紅いベスト
満月の晩にとある警察学校の未来の巡査長と婦人警官が川原を散歩していた。風が吹いてきて木々の葉がかさかさと音を立てている。そこで彼らは風を避けようとたきぎ小屋の壁に隠れた。
気持ちを昂ぶらせる2人のところに、木造小屋の板壁の隙間から甲高く震える声が聞こえてきた。
「あか~いベスト~着せましょか~」
婦人警官は飛び上がった。誰かが盗み聞きしていたと思うと怒りを抑えきれずいきなり
「誰!どこにいるの!出て来い!!!」
と冷静さも見失い叫んだ。
しかし返事はない。
「誰!!!」
男は少し怖いのか、それとも人気のない壁の隙間に向かって怒鳴っている彼女を見たくはないのか
「聞き間違いだよ、誰もいないよ」
と言うものの、確かに彼もその声を聞いていた。
部屋に蚊のように小さな笑い声が響く。婦人警官は更に怒り狂って
「アイツを捕まえて!」
と叫ぶ。だが男は声も出せず冷や汗をかいたままだ。
女は拳銃を取り出すとボロボロの門を蹴破り、小屋の中に入った。一瞬人影が見えたがすぐに暗闇に隠れてしまった。
男は門の前で一言も発さず女を待った。辺りは死んだように静かだ。
すると、狂気染みたしゃがれ声が聞こえた。
「あか~いベスト~着せましょか~」
そして鋭い銃声が夜の空を引き裂いた。
女を呼ぶが返事がない。男が小屋に入ると生臭い臭いが鼻を突いた。
女は死んでいた。壁に寄りかかり、手には銃が握られている。しかしその銃弾は彼女の喉を打ち抜いていた。彼女の制服は鮮血で真っ赤に染まり、それはまるで紅いベストのようだった。
この怪奇現象の決め台詞、原文では「我要給儞穿上一件紅背心」(お前に紅いベスト着せてやる)と書かれているので、ここは稲川先生風にしても差し支えないでしょう。
気が強い婦人警官を出す必要性に偶然以上の何かを感じてしまいます。何故なら『赤い半纏』には気が強い婦人警官が不気味な声に少しも怖気づかず「着せられるものなら着せてみなさい!」と怒鳴り、殺されてしまうという類型があるからです。
ただし『強気な婦人警官』、『不気味な声』、『血まみれの上半身』などの要点は『赤い半纏』と似通っていますが、怪異が起こる場所が『たきぎ小屋』だったり被害者が『カップル』だったりと話の筋はだいぶ異なっています。
他に伊集院光さんが人を怖がらせるために考えた完全創作怪談『赤いクレヨン』が繁体字中国語版ウィキペディアに載っていて、百度の掲示板にもスレッドが立っています。
この話にはちゃんと『創作である』という注釈がついていますが、日本でも昔に伊集院さんの知らないところで『実話怪談』として映像化もされているので、今後の展開次第では中国独自の都市伝説に変形するかもしれません。
中国のネット上には有志から投稿された無数のオリジナルの怪談があります。都市伝説らしい話から、一見して創作だとわかるえらい長文の作品までそれはもう雑多に存在します。そして少なくともボクが見た限りでは、真偽の考察も時代考証もありません。
そんな有象無象の話の中に日本の都市伝説と似た話があっても証拠がない以上、偶然の一致という可能性を捨て切れません。
しかし証拠はありませんが、ここは意地になってでも日本の真似と考えてみましょう。
稲川淳二先生が考えた『赤い半纏』は現代の中国に合うようアレンジされて、大学寮が舞台の『紅いチョッキ』となり、または『紅いベスト』となって婦人警官候補生の上半身を血で染めました。
日本発信の怪談が中国に伝わって変化した形としてネット上で広がる。それはなんとも都市伝説らしい流れです。
もっと多くの都市伝説が中国ナイズされたら面白いことになるのでしょうが、中国では特にマイナーなジャンルなのであまり期待はできません。しかし、中国化した話が今後どのように伝播されるのか、これぐらいは夢見てもいいでしょう。
『紅いチョッキ』を着た死体の目撃者が出て来たら面白いことになりそうなんですが……