新中国成立から約70年間で起きた重要な出来事に絡めた短編7話からなるオムニバス映画。新中国成立70周年の日に当たる10月1日の前日から中国で公開された映画で、評判が良かったし、中国に暮らしている以上見なければと思って国慶節連休中見に行った。だがその行為は結局、中国において自分はやはり外国人であるということを再確認しただけだった。
1話目『前夜』
1949年国旗掲揚
建国記念日の最大行事の一つ、天安門広場での国旗掲揚式の裏側を描いた作品。建国記念日前夜、国旗をモーターで自動で揚げるという大役を任されている技師が、ミスが絶対許されていない翌日の本番のために試行錯誤を繰り返す。重要な部品が破損してしまうと、彼の助手は近所に呼び掛け、金属回収を行う。建国を祝う人々の助けを借りて見事部品を製造した技師は、国旗のポールに上ってそれを取り付ける。
この技師は実在し、当時は毛沢東の後ろで彼に国旗掲揚ボタンの操作を説明したらしい。しかし、映画と同じ出来事が実際にあったかどうかは分からない。とは言え、明日までに100%ミスのない装置を作らなきゃいけないのにトラブルが続き、軍人を初めとした中国人が助けてくれる展開は感動的だったし、刻一刻と減っていく時間が表示される見せ方は『24』を思い起こさせ、とても緊張感があった。
2話目『相遇』
1964年 初の原爆実験成功
家族にも黙って原爆実験を数年間行う科学者チームの一人が、実験中の危機を身を挺して食い止める。被爆した彼は病院から抜け出し、昔よく乗っていたバスに乗る。車内には、何も言わず消えて行った夫を探すために、毎日バスに乗っていた妻がいたが、彼は任務の秘匿性を重視して自分の正体を明かさない。すると妻は彼の隣の席に乗り、夫婦の馴れ初めを語るのだった。
2人が乗るバスのリアガラスから見える風景が徐々に賑やかさを増していき、ついには龍が舞いビラが飛び交うお祭り騒ぎになる。そのビラは、中国が初めて原爆実験を成功させたことを祝う号外だった。その成功の陰に夫の存在があったことを知った妻は喜び、夫は満足気に涙を流すのだった。
2人の背後にある大きなリアガラスに当時の中国ののどかな町並みがゆっくりと映され、それが徐々にお祭り騒ぎになっていき、バスが停まって2人がようやく外の異変(慶事)に気付くという展開は、ホラー映画っぽくて面白かった。
3話目『奪還』
1984年 ロス五輪で中国女子バレー優勝
同じ卓球チームにいる意中の女の子が、明日海外に行ってしまうことにショックを受ける男子小学生。彼女にプレゼントを上げるために急いで家に帰ると、近所で珍しく家にテレビあった彼は、ロス五輪の女子バレー決勝戦を楽しみにしている近所の人達から、家にあるテレビを外に出すよう頼まれる。
外に近所の人々が集まり、それぞれ椅子に座ってスイカを食べたりしながらバレーの試合を見始める。試合よりも女の子の方が大切な彼は家から出ようとするが、そのたびにテレビのアンテナの調整を頼まれ、なかなか自由になれない。そんな中、家に女の子が来てしまう。しかし試合も優勝が決まるクライマックスになり、彼がアンテナから手を離せば近所の人々は優勝の決定的瞬間を見られなくなってしまう。女の子と五輪を天秤にかけた彼は、皆のためにテレビを映すことを選び、彼女とは会えぬままになる。
月日が経ち、卓球チームの監督となった少年はテレビ番組の企画で当時の少女と再会するのだった。そして偶然、2016年リオ五輪での中国女子バレー優勝の瞬間を2人で立ち会うのだった。
上海の下町を舞台にした小さな恋の物語…と思いきや、その愛はやはり国への愛だったという、個人的にかなりグロテスクに見えた作品。7作品の中で一番ワクワクし、一番驚いた。その二択なら普通は間違いなく女の子を選ぶだろうし、それでテレビが見られなくなっても皆許してくれるだろう、と思っていたので、アンテナを選んだ時は本当にビックリした。これが『三丁目の夕日』的な日本の下町が舞台で、五輪で日本チームが勝つ瞬間だと仮定した場合、一体どちらを選ぶことになるかと考えたが、テレビを選ぶシーンはあまり想像できなかった。
第4話『復帰』
1997年 香港返還
香港返還式典で7月1日になった瞬間に中国の国旗を揚げるべく、香港側担当者とイギリス側担当者はそれぞれグリニッジ標準時に合わせた腕時計を用意する。香港で時計修理屋を営む熟練の技師は、イギリス側担当者の腕時計の修理を任させる。
成功の裏側には市井の人々の技術と協力があったというお話だが、個人と国家を無理やり絡ませてねぇかっていう印象が強い一作だった。軍人の上官役で、いかにも自制心がなく酒色に溺れそうな外見の人物が出てきて、コイツがスパイとして香港返還の儀式を邪魔するんじゃないかと一瞬思ったが、この映画にそんな悪人が登場するはずないので無駄な期待だった。
第5話『やあ北京』
2008年 北京五輪
北海道を舞台にした映画『非誠勿擾』の主演俳優・葛優(グォ・ヨウ)が、ウザくて不器用で肉親にこんなのいたら絶対嫌だけど、何故か憎めない(フォロー)タクシードライバー親父を演じる作品。タクシー会社から北京五輪開幕式のチケットをもらった葛優はそれを周囲に見せびらかし、別居する息子のプレゼントにしようとする。しかし、いつもどおり車内で客に見せびらかしていたら、四川から来た少年に定価の800元の現金にすり替えられ、息子の前で大恥をかくことに。胡同を走り回って少年をやっと捕まえた葛優だったが、少年が四川大地震で父親を亡くし、またその父親が五輪会場「鳥の巣」の建造に携わったことを知り、彼にチケットを渡す。
第6話『白昼流星』
2016年 有人宇宙船神舟11号着陸
貧困地域に住む兄弟は親戚のツテを頼って、村の責任者の李老人の家に身を寄せる。だが兄弟は李家から大金を奪って逃走しようとしたところ、警察に見つかり拘束される。だが2人の姿を見た李老人は警察官に「そのお金は私が上げたものだ」と言い、兄弟をかばう。
ある日、兄弟は有人宇宙船神舟11号の着陸に立ち会い、関係者に代わって宇宙飛行士の搬送を行う。その時から2人は貧困撲滅活動に身を投じるのだった。
劉昊然と陳飛宇が演じる兄弟の年齢を、俳優の実年齢と同じ22歳と19歳に設定すると、この兄弟は知恵遅れなんじゃないかと思うシーンが多々ある。貧困地域にはこういう10代20代の若者がいるんだろうか。確かに、貧困家庭で育った子供が誰からも教わっていないから体の洗い方を知らなかった、というケースが日本でもあるみたいなので、この映画に出てくる兄弟みたいに恩も礼儀も知らない若者は中国に実在するかもしれない。未来のない若者も国家的事業に関われば誇りを取り戻し、仕事に打ち込むようになるというメッセージだろうか。
第7話『護衛』
2015年 抗日戦争勝利70周年
抗日戦争記念式典で飛ぶ戦闘機の女性パイロットの話。鑑賞中は、きれいな内容で終わった前の話で終了したと思っていたし、なんでこれだけ時間の順番通りじゃなくて2016年から2015年に巻き戻っているのか不思議だったが、映画のラストを見て納得した。この作品が終わってから本物の中国の軍人が雄々しく行進する様や、各地の大学生が歌を歌うシーンとかが流れるので、それらの映像の導入としてこの作品がふさわしかっただけなのだ。
サングラスをかけた女性パイロットらがカメラに向かって滑走路をゆっくり歩いていくシーンは西部警察を思わせ、失笑が漏れた。7作品中一番ダサい作品だった。
国家の重大な出来事の裏側には個人の物語があり、個人が国家に貢献し、国家が個人に寄与する姿には定まった形がない、ということを伝えているのだろうか。海外のコメディ映画と同様、その国の文化が分からなければ100%理解することはできないといった内容であり、評価が難しい作品だった。
もう一つ、中国共産党的特色よりよほど理解できなかった点は、実際の国家の重大ごとと絡めた作品に虚構を施してもいいのか、ということだった。2、3、4、5話では登場人物(庶民)が直接的に国家の重大な出来事に関与していないので、虚構性に対する抵抗感をかなり下げている。しかし本当に、1話の技師は人々から金属を回収して重要な部品を作ったのか、2話の科学者はバスの中で妻と出会ったのか、6話の貧乏な兄弟は宇宙飛行士を搬送したのか、7話の女性パイロットは空を飛んだのか、と疑問が湧いてくる。それはストーリーの信憑性を疑っているのではなく、監督や俳優らの映画作りに対する姿勢への疑いだ。
しかし自分は実を言うと、この手の映画はあまり見たことがない。なので、史実(中国共産党関係)を題材にした作品にフィクションをぶっこむやり方は、実は珍しくないのかもしれない。
だが信頼問題として、映画の中で個人と国家の大切な繋がりを描いているのだから、そこに描かれているのは、感動を誘うための虚構ではなく、現実と密接につながって血の通った物語のはずだ。
2018年も行ってきました、北京ブックフェア。今年は8月22日から26日まで開催で、一般参加日は土日の25日・26日の2日間です。22日から24日までは出版関係者しか入れず、この期間中に世界各地の本の版権が売買されます。
25日早朝に会場に着いたのですが、会場後ろにモクモクと黒煙が上がっていたのは一体何だったんでしょうか…
チケットは20元でした。値上がりしているような…
北京ブックフェアもかれこれ4、5年間通っていて、もう新鮮だと思うところがなくなってしまったので、撮った写真を適当にアップします。
今回の目玉の一つ、児童書エリア
恐竜
講演ホール
8月22日(平日)は中国SF小説家の劉慈欣が来ていたらしい…やはり北京ブックフェアは上海ブックフェアと違って、出版関係者メインのイベントだ
ムービーエリア
見づらいが、おそらく真ん中は中国のバーチャルユーチューバー「小希」で、右はキズナアイ。中国語バージョンの『極楽浄土』を踊っていた。中国人はこの歌が好きなようで、コスプレイベントとかでしょっちゅう踊っているグループを見かける。
日本エリア
麻雀の歴史をまとめた本。資料価値は高そうだから、こういう場じゃなくともいくらでも中国語翻訳のチャンスはありそう
株式会社トーハンが日本の文芸作品及び漫画の映像化の権利の販売を行っていた。中国の版権ビジネスに便乗するつもりだろう。リストに載っていた作家は東野圭吾、知念実希人、東川篤哉、赤川次郎、山田悠介らだった
台湾・香港ブース
北朝鮮ブース
前回よりラインナップが薄かった。北朝鮮の料理を紹介する本があったが全部ハングルで読めず購入できず。しかし、ここすらも「微信(ウィーチャット)」のモバイルペイを使っていたのには驚いた。
「一帯一路」や改革開放40周年ブース
巨大スクリーンに大運河の映像が流れていた
今回はワインやアンティーク、グッズなど販売コーナーも設けられていた。数千元(1元17円)もする茶器や壺なんか誰が買うんだろうか
総評
巨大スクリーンの大運河しかり、3Dダンス映像しかり、数々の中国ブースの技術レベルが年々向上している気がします。子供向けコーナーが多く、子連れ客が多かったですが、これは毎年のことです。
対する海外エリアは結局のところ海外の書籍を展示するのが主なので、一般参加日の集客率は例年より低く感じました。海外ブースに出展している各種出版社が客寄せに努力する必要はありませんが、中国ブースと比べて地味でつまらないと感じてしまったので、主催側が海外ブースにもう少し人の流れを寄せるような配置をした方が良いと思いました。
8月26日(土曜日)、今年も北京国際図書博覧会(北京ブックフェア)に一般参加してきました。
2016年:2016年 第23回北京ブックフェア
2015年:2015年の北京ブックフェア.
2014年:3年ぶりに北京ブックフェアに行った話
2011年:北京ブックフェアに行って参りまして
今回は、ブースを出展している中国の出版社に勤める友人のガイドがありました。もう何年間も来ているので今更案内など必要ないのですが、出展側の話が聞けて楽しかったです。
日本ブース
去年の安野モヨコ展に続き、今回は手塚治虫展が目玉になっていて多くの参加者が写真を撮っていました。
講談社ブースはいつも通り日本ブースで一番大きな規模でした。
そしてその他の出版社ブース及び展示されている本の数々。これらは展示しているだけで読むことしかできません。平日の企業商談日は世界各国の出版社がこれらの版権を売買します。友人の話では展示している本全てに「版権売却済み」シールを貼っていた日本企業もあったみたいで、日本書籍の人気ぶりが伺えました。
師走の翁の『JKプロレスイラストレーションズ技画』。
日本ブースでは毎年必ず中国大陸では到底出版できなさそうな本が展示されている。てっきり日本の出版社の悪ふざけかと思っていたのですが、おそらく台湾や香港などの出版社へ向けた展示なのでしょうね。
ドイツブース
マレーシアブース
韓国ブース
韓国ブースはいつもより小さかったかなという印象を受けました。一般参加日になると撤収するのは相変わらずでほとんどの出版社はいなくなっていました。
例年通り漫画を推す韓国の出版社。
北朝鮮ブース
エラい隅っこに出展していた。
英語版及び中国語版の対外宣伝雑誌や金一族の偉業を伝える書籍などが置かれていた。
毎年出展しているが本を買えることに気付き、せっかくなので雑誌2冊と、動物園に関する本、そして金正恩と子どもたちのエピソードが書かれた本を購入。全部で50元(800円ぐらい)だった。
台湾ブース
去年より小さかったような印象を受けた。写真撮ったと思ったがなかった。
香港ブース
この東方の本、今年の上海の同人誌即売会『COMICUP』でも売られていた気がするが、同人誌まで売っているのか…
香港の推理小説家・林斯諺の小説。
大陸の推理小説家・王稼駿の小説の繁体字版。
今回のブックフェアの一番の収穫品は『神探福邇,字摩斯』(名探偵ホーム、あざ名はモス)[要するにシャーロック・ホームズのパロディ]だった。清朝末期に活躍したという辮髪の探偵「福邇」が遭遇した様々な事件を、その助手の「華笙」(中国語でワトソンは華生という)が記録したという体裁の推理小説。ミステリや武侠小説要素も含まれているという。作者の莫理斯は女優・莫文蔚(カレン・モク)の兄らしい。
中国大陸出版社館
北京ブックフェアはおそらく東館と西館で分かれていて、それぞれ海外館と大陸館となっている。
中国大陸側の出版社ブースでは参観者が購入できる本も売っているので来る側としては楽しい。
今年は子供向けのイベントが用意されており、児童書の販売や子供たちができる体験コーナー、そしてプロ?が描いたと思われるイラストが展示されていた。
中国の地域ごとに集められた出版社。
安徽省ブースでは12000元(約20万円)もする超大型サイズの各種「紙」を収めた本が展示されていた。
会場では連日トークショーなども催されていて、中国外文局が丁丁という絵本作家のトークショーを開いていた。
この後用事があったので満足に見て回れなかったですが、中国の出版事業はまだまだ元気があるみたいでした。今後はますます中国国外へ向けた事業を展開するでしょう。
8月27日に『第23回北京国際図書博覧会』(以下、北京ブックフェア)に行ってきた。今年は8月24日から8月28日まで開催されていたが、例年と違い毎日一般参観が可能だったようだ。(去年は一般参観が土日だけで平日は企業しか入れなかった)
いつもどおり14号線『国展』駅前の中国国際展覧中心が会場になっているが、駅前でダフ屋がチケットを定価20元の半額の10元で売っていたのが気になった。
去年2015年は抗日戦争勝利70周年ということもあり関連書籍がたくさん出ていて結構賑やかだったが、それに比べると今年はそれほどでもなかった。
今年の北京ブックフェアの様子。
日本ブース
講談社がトップに居るのは毎年恒例。
小さなスペースで安野モヨコ展をやっていたのは何故だろう。あと、安野モヨコは中国語だと安野夢洋子というのか。
アニメイトコーナーのおそ松さん特集。北京にもアニメイトがあるが王府井のカフェで~までコラボイベントを開催しているらしい。
日本ブースの各出版社で展示されていた本の数々。
毎回説明するが北京ブックフェアは出版社同士が書籍の版権を売買する場所であり、書籍自体を売ることを主としていない。中国の出版社に置かれている書籍はみな中国で流通している本だから来館者は購入することが可能だが、外国の出版社で展示されている外国語の本は買うことはできない。
韓国ブース。
相変わらず日本より大きくて撤収している出版社が多い。(ブックフェアは28日日曜日まで行われるが韓国ブースの大半の出版社は平日の商談が終われば帰ってしまうようだ。)
韓国ブースは漫画を重点的にプッシュしているらしい。私はここで展示されている韓国の漫画の絵柄には非常に惹かれているのだが、いまだに北京で中国語訳された韓国漫画を見たことがない。
例えばこの『THE TABLE』という漫画。おそらく左にいる女性看護師のために隣の男がスタミナのつく料理を作る内容のグルメ漫画なのだろうが、料理を題材にしているというだけで読んでみたい。
とは言え、今回も『妖怪藻堂』という韓国漫画の作者・金京一のサイン会が開かれていて、少なくない(主に女性)読者が列を作っていたから例えばウェブ漫画等の形態で中国でも韓国の漫画を読むことができて一定数の読者がいるのだろう。
台湾ブース
軽小説(ライトノベル)が充実していた。またコーナーこそなかったが台湾ミステリも多く出品されていて例年とは異なる印象を受けた。
台湾ブースでも書籍を買うことはできない。ただ、こんなに多くの面白そうな本を見せられたらどうしても手に入れたくなるのが人のサガ。どうにかして買おうと現場のスタッフにダメ元で聞いてみたがやはり「売れません」の一言。
表紙からして面白そうな台湾ミステリもあった。買えないのが本当に悔しい。
しかし、台湾側のこのラインナップは「台湾にも日本と同じぐらい面白いライトノベルがあるぞ!」という中国大陸にメッセージかもしれない。それに日本ブースではライトノベルがこれほどまとまって出品されていないからこの台湾ブースの展示は目を引いただろう。近い将来、大量の台湾ライトノベルが大陸に進出するかもしれない。
今回は大手ネット総合古書店『孔夫子』やアマゾン、京東などネット書店のブースがあったのが気になった。
孔夫子で出品されていた日中戦争時や文革の頃の書類
ホールでは著名人のトークショーが行われているのだが、私が見に行ったときは中国文学の翻訳者という4名の外国人が通訳無しで中国語でトークしていた。流暢に話す姿から私なんかよりよっぽど中国語が上手いということがわかったが、ホールの音響設備が最悪でマイクから出る音声がくぐもっていたため彼らの話す中国語が全く聞き取れなかった。隣りにいた中国人カップルも「なんて言ってるの?」的な会話をしていたので私のヒアリングの問題ではないと思う。なんだかいたたまれなくなったので帰った。
会社が解散して2日経った時点での私の諸感想を述べます。
満足した点
・補償金。
強いて言えば、です。だって他は全部不満点なんですから無理やりいいところ見つけないといけないじゃないですか。
中国の『労働法』によると会社は勤続年数に応じて社員に『経済補償金』を支払う義務があり、社員は勤続年数1年につき1ヶ月分の給料に当たる金額が補償されます。これは『労働法』に定められた当然の義務ですが、今回の会社解散に当たって26日当日に経済補償金の合意にサインをした社員には経済補償金とは別に額外経済補償金として1ヶ月分の給料と特別費用が支払われることになりました。
実は私はこの『経済補償金』が定める給料が日本人の私にはどう適用されるのか不安で全然もらえないんじゃないかと思っていました。ところが予想以上に貰えることが決まったので「まあこれで良いか」と妥協して合意書にサインしました。
だから正確に言うと「満足した点」ではなく「安心した点」です。金では会社が解散したという重大な事態を突然背負わされた人間を満足させられません。
不満点
・突然過ぎる。
この一言に尽きる。当日解散という会社の裏切りはどうしても納得できない。社員に不意打ち食らわせて自分たちは弁護士まで用意しているという会社側と比べ、社員側は心の準備もできておらず十分に考える時間も社員同士相談する時間も与えられなかった。もし一ヶ月、いや一週間前にでも解散の通知があれば社員側も何らかの準備はできたわけで、例えば私の友人に去年会社が解散して現在は北京の他の会社に勤めている日本人(以下、元失業姉貴と言う)がいるのですが、私の場合はその先輩に話を聞くことだってできましたし、今回の件をTwitterに投稿したところいろんなアドバイスを貰えたので、それを事前にできたかもしれなかったわけです。
そして元失業姉貴の会社は二ヶ月前に解散の通知があり、北京から撤退した某日系大企業も一ヶ月前には通知があったということですから、当日通知の当日解散が如何に異常だったかということがわかります。
・顧客や取引先に挨拶する権利すら与えられていない。
出社した時点で会社のメールが既に使用不可能になっていたため外部と連絡が取れなくなっていたのですが、昼過ぎに取引先から「お前の会社が解散するっていうメールを貰ったんだけどどうなっているんだ?」という電話がありました。話を聞くと、どうやら会社が顧客や取引先へ会社解散のメールを送っていたようなのですが社員の我々はそのメールが出されたことすら知りません。会社都合で当日解散させられて、我々社員はお世話になったお客さんに挨拶一つすることすら許されていなかったのです。
・結局まともな説明を受けていない。
朝に質疑応答の時間が設けられましたが不意打ちめいた解散劇に誰も反応できず、結局何で当日解散をするに至ったか説明を受けていません。業績が悪かったから会社を閉めるということは理解できます。でもそれは当日決まったわけではないわけで、だからこそ会社側は日本から取締役が来て法律事務所の弁護士も呼べているのです。
今振り返ると解散の予兆はありました。人手不足のピークを迎えた今年2月の春節明けまでは新人募集をかけて面接を受けていたのですが、それ以降は全く面接の予定を入れていなかったのです。毎日部長が慌ただしく外出していたので単に時間が合わないんだろうと仕方なく思っていましたが実際は法律事務所に行ったり解散の手続きをしていたんでしょうかね。
面接をしなくなった時期が会社解散の決まった日と考えられますが、とは言えカモフラージュの可能性もあるので部長がいつ本社から解散の指示を受けたのかは謎です。
・騙されていたことへの憤り。
百歩譲って平社員に秘密にしていたのは仕方ないとして、中国人のマネージャーにも知らせなかったというのは今まで一緒に長く仕事をしてきた人間に対する処置なのかなあと悲しくなります。
解散を事前に知っていたのは本社から派遣されている日本人の部長と日本人のマネージャーの二人だけ。だから社員の一人なんか26日当日は有給取って旦那さんと旅行に行っていたので旅行先で解散を知るという天国から地獄への落下を体験させられました。
上述の元失業姉貴は会社からの慰労として本社から日本旅行兼本社研修に招待され、その旅行の道中で本社の社長から北京支社がなくなるという情報をいち早くゲットしたことがありますが、うちの社員の場合は北京に戻ってきた時にはもう会社はないわけです。
終わりに
Twitterで「取締役を人質に取って賃金交渉をしよう」という過激なアドバイスを頂きましたが、もし仮に解散の日に社員の反乱が起きてそういう事態になったとき日本人である私はどうすれば良いのか考えました。
私は本社とは全く無関係の現地採用者であって会社で唯一の日本人平社員でした。今回の解散劇でも中国人社員と同様に頭を抱え、本社の決定を恨みました。かと言って暴動には賛成できないのですが万が一起きた場合私一人では止められないでしょう。そしたら止められなかった私は罪に問われるのでしょうか。
そう思うと、今回会社が当日解散を選んだのは社員の団結や反乱を恐れたからだという考えもできます。社員数は少ないし男性より女性社員の方が多い職場ですがないとは言えません。思い返せば解散を告げた朝は部長と取締役の他に5名以上の男性が会社に来ていたわけですが、それは暴動等の事態に対応するための人員だったかもしれません。また日本人マネージャーが来ていなかったのも社員に糾弾されることを避けるため、説明会を会社ではなく別の場所で社員1名ずつ行ったのも社員が同じ場所に集まることを防ぐためだったのかもしれません。
穿ち過ぎじゃないかと思いますが当日解散という手酷い裏切りに受けた人間にとって本社のやることなすこと全て社員の不利になるよう仕組まれていたのではと疑心暗鬼になるのも仕方ないでしょう。今となっては部長の疲労困憊した顔すらも社員に同情心を起こすための偽装だったんじゃないかと思ってしまいます。
今回の件で本社が失うものなんか金ぐらいしかないです。信用なんかもうゼロだから、仮に今後元社員が本社の悪評を喧伝したところで既に中国を市場としていない本社にとって痛くも痒くもないでしょう。「立つ鳥跡を濁さず」と言いますが大半の鳥にとって自分が去った後の水場がどんだけ濁ろうが気にしません。
中国において日系企業を取り巻く環境は好転の兆しを見せず、円安やら人件費の高騰やらチャイナリスクやら様々な要素により日系企業が圧迫されています。中国市場から無事に撤退できる保証もなく、撤退に際して社員側との交渉がこじれてトラブルになったというニュースも聞きます。
しかるにうちの会社は社員に事前に解散を通知することと当日解散することのどちらがよりリスキーかを考えて当日解散を選んだのでしょう。
本社の気持ちも理解できなくはないですが、まさか自分の会社は万が一撤退ということになっても誠意を持って対応してくれるだろうと思っていただけに、今回の件は非常にショックであり、解散があまりにも突然だったため日が経つに連れて怒りがこみ上げています。