このライドノベルがすごい!文庫なんて名前負けにもほどがあるだろなんて小馬鹿にしていたが、久々購入したラノベが思いもよらず傑作だった。
才能はなく、お金もなく、だが働きたくもない。ないない尽くしのダメ大学生柏木は、食料を求めて入り込んだ山の中で奇妙な遺跡を発見する。遺跡の中で出会った少女が持つ、凄まじい詩の才能を目の当たりにした彼は、彼女をデシ子と名づけ、妹として自分の家に住まわせ始める。
本書裏表紙のあらすじから
主人公柏木は小樽商科大学へは行かず無為徒食をし、友人から金をせびっては人の奢りで飲みに行こうと考え、自分は詩人だからというプライドだけを頼りにバイトもしようとはしないダメ大学生、というよりクズ人間である。彼が拠り所としている詩も酷いもので、読む者聞く者一人残らず卒倒させるほどの公害レベルな詩才だ。
ある時遺跡の中で詩を朗読した彼の目の前に身元不明の少女が現れる。少女は柏木の詩に共感しこんなに感動したのは初めてだと彼を天才とあがめる。そして自分も詩というものを詠んでみたいと即興で吟じれば、少女の口から紡がれる言葉の奔流は例えようのないほど美しく、柏木ですら号泣し感動のあまり失神した。
そして柏木は彼女をデシ子と名付け自分のことを師匠(人前では兄)と呼ぶように教えて、迷子を保護するという名目で自分の家に連れて帰る。デシ子の才能に目を付けた彼は彼女の詩才を使って小樽の観光客相手の金儲けを企むのであった。
柏木はダメな人間である。不真面目で人望もなくモテもせず、自慢の詩も最低最悪だ。しかし彼自身袋小路に追い詰められていることがわかっており、気が付けば真っ暗である自分の将来を絶望視している。滝本竜彦が書く小説の主人公のように妬みと僻みが心の中に渦巻いている。
だから子供なのに才気溢れて驕らないデシ子を敵視し、嫉妬に駆られて当初は彼女の死を望むほどに、才能のある人間なんか目の前から消えてほしいと切望する。そして彼女の詩を自分が書いたことにして露天で売りさばいてようやく山月記の李徴みたいな矮小な自尊心を満たすのだ。
この負の感情は小説家や漫画家を志した人間なら絶対一度は心に抱くだろう。相手を認めたくないし、自分の実力も見つめたくはない。柏木がオーケンならデシ子はボースカだ。
二人の関係は名義上兄妹になっているが、柏木のデシ子に対する待遇は実際の兄妹よりも殺伐としている。柏木はデシ子を利用しているだけだから、デシ子との約束を平気で忘れたり、彼女のお願いを聞くのも詩を書かせるための手段だったりするので二人の関係性がいつ瓦解するか読んでいてエライハラハラさせられた。
しかし柏木の学友であるロリコン、二人称がユーのラッパー風熱血男、霊能力者(京極堂っぽいのは小樽つながりか)という個性的な面々が彼に厳しく、デシ子に優しいのが微笑ましい。
物語中盤に柏木の身と小樽にとんでもない事件が起きる。読者すらも唖然とさせる展開の中で、失笑しか漏れない柏木の詩をわざわざ全文掲載し、万人が涙する値千金のデシ子の詩はなぜ作中に登場しないのか。デシ子は何者なのかなどの謎が次々明らかにされる。そして柏木にとってデシ子はどういう存在なのか、やや掟破りのボーイミーツガール的展開に着地する。
柏木の外道っぷりは腹が立つものもあり、デシ子の詩を使ってとんとん拍子で荒稼ぎ様子には好感を覚えない。だが小悪党のような性格の人間でも誰かに必要とされているし、汚い手段で稼いだ金は誰かを救うために使われるのだ。それは柏木のような詩魂はあるが詩才の欠片もない男が詠んだ公害のような詩がデシ子の心を揺さぶったのと似ている。
もともとこの小説はイラストレーターのYAZAが目当てで買ったものだ。以前ニコニコ動画で彼が描いた東方手書き劇場を見てファンになり、動画の市場コーナーに本書があったから興味を持ったのだ。だけど作者おかもと(仮)のトリコとなり、続く2巻も悩みながらも購入した。
2巻の小樽恋情編では学友たちも活躍する。柏木もクズ人間からダメ人間程度にランクアップして登場だ。
作者のおかもと(仮)はコレがデビュー作である。ライトノベルらしいフォント弄りには少しばかり辟易したが、その場のノリと勢いに任せた文章はネット上に散見するSS小説のように陽気でいてスピード感があり、いままでで読んだライトノベルで一番笑わせてもらった。
おかもと(仮)さんにはこれからも悩んで悩んで悩み抜いて、産みの苦しみを味わって、くだらなくて面白い小説を書いていってほしい。