妖怪ハンターシリーズなど、史実を斬新に独自解釈して描かれる物語も好きだけど、栞と紙魚子シリーズのように歪んだ日常を読者もキャラクターも違和感を覚えながら上手くやっていく雰囲気も好きだ。読んでいるだけで小旅行をした気分にさせてくれるSFものも良い。けっこう悲惨なことを描いているのにあまり残酷に思えないのは、絵が下手なのが理由なんじゃなくて余韻を残さない描き方をしているからだろう。キャラクターに対してあまり思い入れがあるような描き方をしていない。キャラクターが死ぬ理由も生きる理由も読者に感じさせないように描いているのかもしれない。
その諸星大二郎の作品に『壁男』がある。氏としては珍しい怪談めいた漫画で、是非読みたいと親に無理を言ってわざわざ中国まで送ってもらった。別に新しい漫画ではなく、映画化されるに当たって文庫本として新刊発行されたのを読んだのだけれど、これが十年前の作品とは思えないぐらい斬新で、見方によっては今現在のホラー界に皮肉を与えていて瞬く間にハマってしまった。
そして先日、中国の動画サイトを使って『壁男』の映画を見る気にようやくなったのだけれど、この映画が2007年に撮られたとは思えないほどの出来で呆れてしまった。
北京オリンピックまで一ヶ月も切った。路上や空港にはボランティアが待機しており、街からはゴミが消え草花であふれている。にも関わらず開催地北京に暮らしているボクには五輪の足音があまりはっきりと聞こえない。オリンピックのために新しく出来た地下鉄は未だ開通していないし、中国人の友達は五輪なんか知らねぇって風に故郷に帰ってしまった。
その代わり北京がだんだんきな臭くなってきたように思える。行き付けの新彊料理屋の看板からはウイグル文字が消え、オリンピックで使用されるプールがあるうちの大学には構内にフェンスが張られ、公安や都市管理警察がけっこう本気になって道ばたの屋台とかをしょっ引いている。こんなことをして誰の支持を得るのかわからないが、オリンピックのせいで北京市民は苦労しなければいけないみたいだ。『オリンピック』という今まで観たこともない怪物が徐々に迫ってくるので色々と準備をしているのだけど、脆弱で見当違いな対策しかしていない。
フェンスが張られた大学構内の様子。
遠くに公安や警備員の姿が見える状況は隔離されているようでバイオハザード的だ。
中国の大学は平年より早い夏休みに入り、留学を終えた友人たちが続々と母国へ帰って行く。
今日は面倒をよく見てくれた先輩が日本へ帰国するのを見送りに、一緒に北京首都空港まで行った。日曜日にはタジキスタン人の友人が帰国するし、翌週の15日には神戸から来た大学生が二人も帰る。
毎日毎日人が減っていき、暇だけが増える。
帰る友人たちは口々に日本でまた会うことを約束して去って行くので、見ていてあまり悲壮感は感じられない。しかし北海道が故郷のボクにとって「東京でまた会おう」という言葉が現実感のない挨拶に聞こえる。
帰国する彼らが今回の一年に及ぶ留学に満足できたのか、悔いを残していない人はいないが今期の留学生は善し悪しはともかくとして一般では体験できない事件をそばで感じられただろう。
今年の中国は上半期だけで激動の一年だったと言っても良い。南方雪害、チベット暴動に、四川大地震、そして北京オリンピック。中国史に残る事件が立て続けに起きた年だったが、ただの留学生であるボクらにとっては全てが迷惑だった。
チベット暴動では外国人の行動が制限され、中国人の凝り固まったチベット観を見せつけられたり、四川大地震では何も出来なかった日本の派遣隊に対する行き過ぎた賞賛を受け、中国人の団結心に薄ら寒さを覚えたり、開幕を一ヶ月後に控えたオリンピックには中国が抱える矛盾がボロボロと露出し、いったい何のための北京五輪なのかが理解に苦しんだ。
なかでも衝撃的だったのは、やはり四川大地震だろう。
留学すると色々不便だ。海外へ行き生活環境が一変すると食事も満足に出来ないし、欲しいものも手に入らない。日本料理店や高級デパートへ行けば望みの物も手に入るかもしれないけど、本当に自分が欲しいものはそういうところにはない。
ボクが中国に来て困ったことは、本が買えないと言うことだ。アニメや漫画は中国のサイトで見られるし、日本人用の漫画喫茶もあるのでそれほど不自由しないのだけど、一般書籍となるといきなりハードルがあがる。『北京国際交流基金図書館』や『外文書店』、『ホテルニューオータニ』など決められた場所にしか置いていないし、マイナーな本が売られることは少ない。
だからボクにとって、たまに来る母親からの荷物が何よりもありがたい。既にボクが買って本棚に積んである本や、サイトのレビューやヤフーの新着本案内などで見かけた新刊書を母親に催促し、荷物と一緒に送ってもらう。
あまりえげつない本を注文できないのが難点だけど、いかんせんアマゾン等を自由に使えるキャッシュカードがないので親に頼らなければいけない。
それでこの間、どこかのサイトで水木しげる先生が描いた河童しか出てこない漫画を収録した『河童千一夜』の復刻版が出ると見て、ボクの心は躍り上がった。何故なら水木信者のボクにはどうしても読みたい河童漫画があったからだ。