気に入らない人物の個人情報をネットユーザーが一丸となって暴き出すことを人肉捜索と言います。情報を提供する人間はその人物の友人だったり同僚だったり元恋人であるかもしれません。彼らによって電話番号から職場の住所まで個人情報の全てを上げられると、そこからネットユーザー(中国語で言うと網民)のバッシングが始まります。
人肉捜索に関する有名な事件は去年の四川大地震の時に暴言を放った女の子のものでしょう。ニコニコ動画にも上げられてましたが、地震被災者に対し「もっと死ねばよかったのに」と女の子が言い放つ動画を見た網民(ネットユーザー)たちが、そら獲物が見つかったぞと瞬く間に彼女の個人情報を暴き出しました。
日本だとミクシの犯罪告白日記(KFCゴキブリ事件とかキセル乗車など)からの日記炎上→ネット・現実世界双方での祭り状態が有名ですね。
事件の発生から個人情報アップ、そしてバッシングという一連の流れを広い意味で人肉捜索と呼ぶようで、日本語の『祭り』とニュアンスは似ているかもしれません。
しかしそのようなネット暴力を指す人肉捜索とは別に、中国にはというのがあります。
その内容のほとんどは被害者による犯罪者への告発です。つまり自分を被害に遭わせた相手の顔や名前や経歴などをネットに書き込んで、彼の消息を警察でもなく探偵でもないネットユーザーに探して貰う仕組みになっているんです。また、身元不明者の捜索にも使われていてネット上の人捜しとも捉えられますが、顔写真から身分証のナンバーまで掲示するあたり日本の人捜しサイトよりも凄まじい執念が感じられます。日本なら逆にそっちが個人情報法違反で捕まりそうですけど、こっちの警察ってネットユーザーより頼りにならないんでしょうね。
このように一種の社会問題になり2008年の流行語にも選ばれた人肉捜索を題材に扱ったサスペンス小説があります。その名も、『人肉捜索』です。
事件は多くの人間から恨みを買っている株成金の死から始まります。公安部に所属する主人公何少川は被害者が直前に呪いのメールを受け取っていることに気付き、これがただの殺人事件ではないと見抜く。友人に関する別件の捜査をしていた主人公に立て続けに起こる凶行の知らせ。その案件全てにはあの呪いのメールが関わっていた。しかし、被害者たちに共通点が見出せず、事件は無差別殺人の様相を呈していく。ところが事件の背景には十年前のあるネット事件があった・・・・・・
このブログを読んで下さっている方の何人が本書を手に取るのかをたやすく想像できるのでネタバレを書くことにします。
本作の事件の発端は言うまでもなく『人肉捜索』にあります。
犯人は十年前にテレビで迂闊な発言をしたばかりに網民たちによって名前から住所まで全て暴かれ、イタズラ電話に苛まされた挙げ句に体面を気にする家族にも捨てられ放浪することになったネット暴力の被害者でした。そして犯人は自分を生き地獄に落とした人間、特に率先してプライバシーを暴いた網民たちに復讐するために姿を現したのです。
しかし加害者の方は遊び半分のパニッシャー気取りばかりで、誰も十年も昔に一人の人間の人生を狂わせたとは思ってもいませんでした。
ふとした発言がきっかけで一人の人間が社会的に抹殺されたことも、単なる遊び心がもとで殺されることも双方ともに理不尽です。
華南虎ニセ写真事件や政府高官の汚職を暴くなど、2008年はネットユーザーが活躍した『網民の年』でありました。しかしネット暴力に発展する人肉捜索はこれからの中国で間違いなく議論される問題となるでしょう。
先に紹介した四川大地震の少女は休学に追い込まれましたし、人肉捜索サイトには加害者の両親の携帯電話番号や実家の住所まで載せられています。行き過ぎたネット暴力に傷付けられる人はこれからもきっと出て来るでしょう。それに、一度ネットに上がった情報は必ず残ります。被害者は一生他人の視線に脅えて暮らさなければいけないのです。
ですから未だに個人情報法やネット関係の法律が整備されていない中国でネットユーザーが権力を持っても、ネットが単なる弱い物イジメや憂さ晴らしのツールになるだけだと思います。
本書は犯人が縦横無尽に移動しすぎて推理面に乏しく、ラストに重複する疑念がくどくてサスペンス性を殺す仕組みになっていましたが中国のネット事情の側面を描き出している一冊だと思います。