バス停の後ろに店を構えるツマミ屋が五道口にある。ピリ辛に味付けした鴨の首や水かきなんかを量り売りするこの店舗は全国に分布しているチェーン店のようだ。歩道に面したショーケースに並ぶ味の濃そうなツマミを見ると、醤油色をした鴨の首の肉をこそぎ食ってビールでも飲もうかという気になる。一味唐辛子が振りかかったイカゲソも美味そうだ。
しかしどうも食指が動かない。懐が寒かったのが理由かもしれないが、ビールで一杯やるのはまた今度にしてバス停に並ぶことにした。
すると離れて見てようやく気付いたことだが背後の店の宣伝がうるさい。この通りは飲食店や服屋が立ち並ぶ人通りの多い場所だが宣伝を流しているのはこのツマミ屋一店だけだ。「武漢の伝統的な鴨首がどうのこうの」という平坦な声量の宣伝が何度も何度も耳に入り、ヒアリング能力が鍛えられる。
いまどきこんな大音量の宣伝をしている店があるなんてと後ろを振り返って驚いた。同じ宣伝文句の繰り返しでてっきりラジカセをかけているのかと思ったら、ショーケースから少し離れた路上でマイクをつけた女性店員が立っている。
テープのように一定の声量で宣伝しているのに店とは無関係というような絶妙の位置に立っている女性店員を見て、耳障りとは異なる不快感に襲われた。もしボクがマイクアピールにつられて彼女にお薦めは何かと尋ねたところで、彼女はうるさそうに店頭を指差すだけだろう。
彼女は決められた宣伝文を繰り返し言うことだけが自分の仕事だと思っている。おそらくそれは正しいのだろう。もし彼女がいちいち客に対応していたら、辺り一帯に宣伝よりも耳障りな店員と客の会話が響くことになる。
そんな仕事、ラジカセに任せてしまえと言ってもたぶん聞き入れてくれない。機械に代わって与えられた仕事を愚直にこなすことがいち店員の本分だし、仕事を与えた上司もこれこそ客に対する誠実な宣伝だと信じているはずだから。うるさいと文句を言ったところで変な奴扱いされるどころか、手で追い払われるに決まっている。
もしも中島義道ならどうするかと考えたが、彼なら頭で考えるよりも先に行動に走るだろう。だがボクには戦う気力がない。だからツマミ屋の隣にある棗売り屋が「うるせぇっ!営業妨害だぞ!」と怒鳴り込むのを待つしかない。
でも中国で怖いのが、こりゃ良い宣伝方法だと真似する可能性があることなんだよなぁ…