先日レビューした『H.A.虚擬戦争』と同じく第4回KAVALAN島田荘司推理小説賞の最終候補作の一つ。アメリカ、ロシア、日本など様々な国籍の人間が混じる宇宙ステーションを舞台にした密室殺人事件の謎を宇宙と地球の二つの場面で追うという星野之宣の漫画のようなミステリだ。
2010年の宇宙ステーションにてロシア人のイゴールは天使のように光り輝く宇宙人のような何かを目撃する。しかし更に驚くべきことに船内では行方不明になっていたアメリカ人のブライアンの他殺体が見つかり、イゴールは死体とともに地球へ帰ろうとするがその船は爆発し、宇宙人も殺人事件の謎も有耶無耶になる。
それから7年後の2017年にイゴールの息子ビクターは父親が死の間際に遺した暗号を解明するために当時の搭乗者などの関係者から情報を集めていた。そして翌年の2018年、新たに宇宙ステーションに向かった宇宙船の中には当時の事件の謎も興味を持つカナダのファーストネーションズであり『微笑薬師』のあだ名を持つアハヌが乗っていた。だが船内では8年前の密室事件が再現されてしまう。
地球ではビクターが足を使った情報集めに励み、宇宙ではアハヌが事件を解決する役割を担う。船内では8年前と同一の事件が発生するものの、現場(宇宙)にいる面々は2010年のときとは異なるので犯人の正体には非常に興味が惹かれ、宇宙といういわば究極の密室を前にした読者は犯人はまさか船内に隠れていたのか?とか宇宙人の仕業か?という期待すら抱いてしまう。
どうやって殺したのか?が最大の焦点である本作は宇宙開発にはつきものである宇宙競争と国家の陰謀が原因となっていて、そのあたりも含めてだいぶ読みやすい作品なのですが、作品の最大の盛り上がりがトリックが明らかになるところでも犯人が明らかになるところでもなく、事件の背後に陰謀が隠されていたことなのはエンターテインメントとしては申し分ないが本格ミステリとしては力の入れるところが違うかもしれない。
先日10月19日に有人宇宙船『神舟11号』が打ち上げられ、宇宙実験室『天宮2号』とのドッキングに成功したというニュースが流れたが、今作には中国の影が全く見当たらない。登場する国もアメリカ、ロシア、日本、そしてカナダ(作者の提子墨はカナダの華僑である)などで中国も中国人も物語に加わらない。本書が発表された2015年は言うに及ばず中国の宇宙進出は10年以上前から有名であるのに中国を登場させず、アメリカとロシアという典型的な登場人物を中心として物語を進め、ファーストネーションズであり宇宙飛行士ではない単なる富豪の観光客にすぎないカナダ人が探偵役として陰謀を暴くという展開にはカナダ国籍の華僑である作者の中国から一歩引いた冷静な態度が見える。
これは私の100%の妄想なのだがもし探偵役のアハヌが富豪の中国人だとしたら犯人に対する探偵の言説がアメリカの宇宙進出に対する中国の警告を描き、せっかくの作品に不純物が混じることになるから中国要素を排除したのかと思ってしまった。こんな見当ハズレの邪推は作者にとって迷惑以外の何物でもないだろう。PR