百度でミステリ系のネタを探していたら、以前このブログでも取り上げたに関する記事が見つかった。と言ってもこの問題が話題になったのは3ヶ月も前の8月だ。しかもこの記事自体が1ヶ月も前の10月に書かれたものだから、わざわざ翻訳してまで紹介するには話題と内容ともに旬がとうに過ぎている。
しかしこの記事には版権一時停止以降の中国人の反応が、やや偏った形で記されている。中国人読者が一時撤退を決めた東野圭吾をどのように見ているのかを知る上で一読の価値があると思うので、記事内容を抄訳してここに紹介してみたい。棒線で挟んでいる文章が記事の翻訳文である。
記事自体は今年10月に出版された《新周刊》という雑誌に掲載されている。見られなくなった人のために、記事が転載されているサイトのURLも一緒に貼っておく。
版権を渡さないのか、それとも金が余っているのか?
東野圭吾が中国に抱くやりきれなさ
文/丁暁潔
中国ミステリマーケットのパイオニアとして、東野圭吾が著作権保護戦争を仕掛けた。しかしインターネット時代では第二のマルケスになれるはずがない。
いきなりガルシア・マルケスの名前が出てきた。やはり中国人にとって今回の決断を下した東野圭吾の選択は、『百年の孤独』を中国で出版させることを頑なに拒否し続けたマルケスと被るようだ。
記事は中国で受けている外国人推理小説家の数人が中国に訪問する昨今、一番のベストセラー作家である東野圭吾が中国に降臨する前に版権の受け渡しをストップするという大事件を簡単に説明している。
東野先生、ツンデレっスね!
「東野圭吾です。この2日間、とあるニュースにみんなと同様悩まされている。私が中国の出版社に二度と版権を売らないと宣言したということだが……あの日は気分が良くて、二階堂くんと銀座まで飲みに行って酔いに任せて適当なことを喋っていたが……まさかヤツの仕業か?
私の他に中国でうまくいっている日本人作家は数人いる。島田はいま読んでいる本が彼が最も期待している21世紀のミステリなんだろう。乙一は最近ますます映画撮影にハマっている。宮部は日本と台湾じゃ私の最大のライバルだが、中国大陸では私に負ける。三津田はあのわざとらしい刀城シリーズが終わった後は何するんだ。京極は、正直言って彼が何を書いているのかわかった試しがない。伊坂…いや待てよ。あの日アイツによく似た男が私の部屋の前を通り過ぎたが、まさかアイツなんじゃないだろうか……多分そうだ、アイツはいま中国でノリに乗っている。著作も10冊は出してるし……もし私が中国から撤退したら、一番得をするのは多分アイツだ…」
なんだこの文章?!
……と驚いてニュースソースを探そうとしたあなたは真面目です。
これはという中国ミステリのBBSに投稿された完全創作の文章である。
大偵探論壇には他にもやなどのSS(ショートショート)が投稿されているので気が向いた方は目を通して欲しい。
記者はこのようなネットの反応を抜き出して、東野圭吾の一大決心もネットが主力のいまの世の中じゃ良いように弄ばれるだけだと指摘する。
そしてこの問題に関するミステリ関係者の微博のコメントを載せて、中国ミステリ業界が東野圭吾の決定を醒めた目で見ていることを暗に伝えている。
『このニュースを聞いてもさほど驚きはしなかった。まさか《東大》は中国の読者の入れ込み具合をご存じないのか?日本ミステリ翻訳組という言葉を聞いたことはないのか?断筆しない限り、あなたの読者であるミステリ翻訳者が日本語の原文を中国語に翻訳して、みんなに分け与えるんだ。しかもタダでな!』
―天蠍小猪(ミステリ評論家)
『東野が今回、版権受け渡しを停止したことは、(伊坂幸太郎をはじめとする)その他の推理小説家にチャンスを与えたことにならないだろうか?(中略)現在、日本の出版社の関係者が東野先生に発言を撤回してもらうよう説得に回っているらしいが、1、2年はこのままだろう。誰が行っても無駄さ』
―鐘けい炬(鳳凰雪漫の編集長。『けい』は『敬』の下に『手』と書く)
上記の東野先生、ツンデレっすね!という不思議なタイトルは彼らのコメントから来ている。東野圭吾の撤退は中国ミステリ業界に手痛い一撃を与えたどころか、逆に中国人読者が海賊版を読む良い口実となった。そして今まで東野の後塵を拝していた日本人推理小説家の活躍の場を広げたのだった。
べっ、別に伊坂幸太郎のために中国から撤退したわけじゃないんだからねッ!勘違いしないでよね!というわけだ。
このあと記事では東野作品が中国でどれだけ売れたのか、販売冊数を出してそれに伴う印税を算出する。また版権料(前金?)についても、最初は30万に過ぎなかったのに2010年の競売では当初の20倍の価格の600万にまで跳ね上がったと書き記す。
そして先述の口が軽い出版関係者鐘けい炬がここでも登場する。彼は東野圭吾が版権停止宣言をする1ヶ月前に行われた、新作の【麒麟の翼】と【真夏の方程式】の版権の競売に参加していた。そのときの熱狂ぶりを一言でこう説明している。
『(版権料は)最高で1冊1,000万円までになった。人民元に換算すると80万元だ』
・故意か、単なる書き忘れか・
さて、東野圭吾の印税や版権料を列挙して徐々に怪しい方向に傾いてきた記事だが、この部分に記者のやや恣意的な記述漏れがあるので訂正を求めたい。
それは『最初は一冊たった30万の版権料だった……』という箇所だ。金額の後ろに通貨単位を書いておらず、この書き方ではこの価格が30万円なのか30万元なのかひと目ではわからない。
この答えは今年7月に第一財経週刊で掲載されたに書かれている。この記事を読めば、30万とは日本円で30万円(2万5千元程度)のことだとわかる。流石に東野圭吾でも初期から優遇されていたわけではない。そのすぐ下の文章に1000万日元(1,000万円)と人民元80万(80万元)と誤解を招く書き方がされているが、東野圭吾でも当初はそのぐらいの価値しかなかったのだ。
通貨単位も明記してくれないと、読者が考え違いをしてしまうだろうに。何故なら記事はこのあと、現時点では中国最後の東野作品である【カッコウの卵は誰のもの】の版権を買い取った新星出版社の午夜文庫副編集長褚盟のコメントがこう続くからだ。
『他の推理小説家、特に日本の作家に30万も払ったら頭がおかしくなる』
これではまるで新星出版社が30万円程度も払えない零細企業だと誤解されかねない。
・海賊版がダウンロードされるたびに5セントもらってたら今ごろ大金持ちだぜ・
この記事の方向性はもう理解していただけただろう。記事によれば東野圭吾はApp Storeに電子書籍が売られていたことよりも、価格が3ドル程度だったことに腹を立てているらしい。
電子書籍が3ドルだろうが30ドルだろうが、所詮違法の海賊版なので東野圭吾の手元には1セントも入らないことを知らないのだろうか。まったく的外れな皮肉である。
だがこの記者によれば東野圭吾は日本での印税だけで毎年2億円は稼いでいるから、はした金同然の印税しか寄越さない中国市場など考慮しなくて良いらしい。また、小説がいつくも映像化されている東野圭吾にとって、その印税収入すら大したことがないらしい。
・海賊版は庶民の味方であり自己表現の手段である・
この記事は10月15日発売の《新周刊》に掲載された。
スティーブ・ジョブズ追悼特集を占める誌面で、App Storeに端を発した東野圭吾版権一時停止問題を取り上げた記者には頭が下がる。
しかし東野圭吾を中国に無知な被害者として扱うならまだしも、中国と日本での収入を天秤にかけて、より稼げる方を選んだ銭ゲバとして捉えるのは間違っているだろう。そもそも東野圭吾が中国市場から撤退した原因は、自分が許可していない電子書籍が中国に存在していることに憤りを感じたからだろう。
記者は中国で儲けている外国人作家に嫉妬し彼の決定を嘲るよりも、まずは海賊版の弊害に負けてしまった中国の出版環境を恥じるべきである。
だがこの記者の言っていることも別に間違ってはいないのがいまの中国ミステリの現状だ。微博の東野圭吾コミュを覗いてみると、記事に登場する関係者のコメントを補強するかのように、自称翻訳者が新作に向けて早くも準備運動を始めている様子が見える。
東野圭吾が中国から一時撤退を決めたあの日から、彼と中国人読者の心は離れていき、中国人読者は作家の人格を無視した海賊版電子書籍とのみ結びついていくのかもしれない。
・新作出してないのに売れてんな、と逆に顰蹙を買いそうなランキング・
さて、先日11月21日に2011年度中国で最も稼いだ作家ランキングが発表されました。
網易新聞:
外国人作家部門で東野圭吾は、今年はなんと5位にランクアップしています。もっとも、印税収入は去年より50万元少ない480万元ではありますが。
儲かっているということは人気があるということです。その人気を捨ててまでも海賊版書籍の存在が許せなかった東野圭吾の決断を、中国人読者はこのランキングを見て再び考えるべきなんじゃないでしょうか。
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