帯に『島田荘司監修の『本格ミステリー・ワールド』における中国大陸唯一の寄稿者』というキャッチコピーがついていて島田荘司のネームバリューの強さを実感させられる。しかし、『中国大陸在住』という括りなら自分もその寄稿者であるということを主張したい。
あと、現物が手元にないのだが『本格ミステリー・ワールド2010』には中国の書評家・天蠍小猪が『中国ミステリー事情』を書いたとある。(参考:https://book.douban.com/subject/4143147/)。ちなみに河狸は2014年版に寄稿している。
正義感は強いがそれ以外は普通の女性である高梅儀は暴漢に襲われているところを何者かに助けられるという不運な事態が続いた。子どもの頃に死んだ『姉』が助けてくれたことをぼんやりと覚えていたが、ポケットに血塗れのハサミが入っていたことで映画『ファイトクラブ』のように自分の中に『姉』というもう一つの人格がいて、それが暴漢を退治したのではと疑う。そして突如部屋に現れた『姉』は正真正銘子供の頃に死に別れた姉である高梅思の成長した姿だった。その『姉』から自分が多重人格者であることを告げられた高梅儀は『姉』の師事のもと、アメコミヒーローのバットマン(蝙蝠侠)やスパイダーマン(蜘蛛侠)のように剪刀侠として街を守ることを定められる。
剪刀侠は英語にすると「シザーマン」となり、日本語にすると「ハサミ男」となるわけだがどっちにしろ既存の有名作品のイメージが強いのでここでは原文の剪刀侠のままとする。
あらすじで「映画ファイトクラブのように…」と書いてしまっているがこれは本作でも平然とネタバレしているので許して欲しい。でも主人公の高梅儀は推理小説が好きという設定だと言うのに、二重人格で剪刀侠という名前を与えられた身でありながら殊能将之の『ハサミ男』(中国語タイトル:剪刀男)について作品内で全く言及していないのは不思議だ。作者なりに推理小説家としての仁義を通しているというわけだろうか。
本書は8作の短編からなる。剪刀侠は日夜街の悪人を退治するわけだが第1話で連続殺人鬼を捕まえて、『姉』の正体が判明してからは世間に認知された剪刀侠が連続殺人事件を解決するという探偵的な役割を負い、警察からも友好的に接されて共闘関係を持つ。
「犯人が実は××でした」という叙述トリックが2つもあるのがちょっとくどかったが、それより『姉』の正体を第1話でバラすのがとても勿体無いと思った。しかし、もともとは雑誌『推理世界』で掲載されていた作品であるので読者にインパクトを与えるために仕方のない展開だったのだろう。最初から書き下ろしの長編だったらまた違っていたのかもしれないが、『姉』の正体を見るにかなり無理な構成になりそうだ。
いろいろ突っ込みたいところがあったが世間に知られる正義の味方であり、その功績によって警察からも活動が黙認されるという新しい探偵像を生み出したところは評価したい。
だが日経ビジネス10月28日分の『中国・キタムラリポート』に取り上げられた『横暴な権力者を殺害した男の死刑は止められるか』を読むとヒーローが倒すべき相手は街ではなく別の場所にいて、公的機関に認められたヒーローなど単なる警察の犬だなと虚しい気持ちに陥ってしまった。