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プロフィール
HN:
栖鄭 椎(すてい しい)
年齢:
34
性別:
非公開
誕生日:
1983/06/25
職業:
契約社員
趣味:
ビルバク
自己紹介:
 24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。



副管理人 阿井幸作(あい こうさく)

 28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。

 Mail: yominuku★gmail.com
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このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。      

 久々の更新ですが中国ミステリではありません。
 

 以前、中国の海に関する怪異をまとめた『海怪簡史』を紹介しましたが、本書『海錯図筆記』も性格が似ております。ただし前者が伝承等の文章メインなのに対し、本書はイラストや写真を豊富に掲載しています。


 序文の内容を借りながら本書を説明しますと、本書は清朝の康煕三十七年(1698年)に聶が作成した『海錯図』という海辺の生き物の絵をまとめた図鑑に対する検証本です。オリジナルである『海錯図』に収録されている生き物のいくつかは作者聶が実際には見ておらず、他人の伝聞に基づいて描いたものがおり、姿が実物と大きくかけ離れていたり、そもそも現実には存在しない妖怪も収録されています。そこに興味を持った作者の張辰亮は図と実物を比較し検証するために中国国内を回り、ときには日本などの海外にまで赴いて実物を見に行きます。



 ちなみに中国語で『錯』とは『ミス、間違い』という意味がありますがここでは『交錯、錯雑』という意味合いで使われており、『海錯図』とは『煩雑な海の生き物の図鑑』という日本語訳になります。


 本書に掲載されている『海錯図』の絵及び作者が撮影した実物の写真の一例を載せます。
 

 おなじみ海和尚。本書で正体は亀だと説明されている。

 

 海とは中国でタウナギを意味する。海のタウナギということだろう)

 

 海の正体であるヤガラ。日本では刺し身で食べられるという記述もある。
 

 海豚(イルカ)
 これは見ないで描いたんだなって一発でわかる愛嬌のある絵。陸をトコトコ歩いていそう。
 

 

 泥翅
 真ん中にカンザシのような骨があると書いている。

 

 その正体はウミエラ。
 このチョイス、『海錯図』はさながら300年以上前の中国版『へんないきもの』か。


 どこか誇張された生き物のイラストを見て300年前の古人のユーモアセンスを感じることもできますし、写真横の説明文を見れば現代でその生き物がどう受け入れられているのかを知ることもできます。

 カラーのイラストと写真を大量に掲載していて68元(1,200円)という価格は大変良心的です。しかし本書に掲載されている生き物は30種ほどでオリジナルの『海錯図』には300種以上が載っているようです。そしてこの完全版が故宮から販売されているということですので是非とも読みたくなりました。しかし完全の値段は360元(6,000円)、ちょっと手を出しにくい価格です。

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 タイトルの『80後、怎么办?』(文字化けしていないかな)とは日本語に直訳すれば『1980年代生まれよ、どうする?』となる。日本が『昭和』と『平成』の年号で世代を分けているように中国では1980年代生まれ、1990年代生まれというふうに10年単位で世代を区切っている。ただし、主に使われるのは80後と90後、つまり現在の30歳代及び20歳代に対してだけで、50後(1950年代生まれ)とはあまり言わない。

 

本書は自身も80後である北京在住の文学博士の著者が中国の80後が現在抱えている精神的、金銭的、肉体的など多方面に渡る問題について悲観的に現状を書いている。一昔前は若者の代名詞だった80後も今は中国社会の一端を担う大人となっている。しかし、果たして彼らは現在幸せな生活を送っているだろうか。
 本書に記載されている著者・楊慶祥が遭遇した家賃の値上がりや部屋の強制退去は中国で暮らす全ての一般市民(プチブル)が遭遇する問題である。そして大量の出稼ぎ農民工の存在や
2010年に発生したフォックスコン連続自殺事件などプチブルにもなれない市民は更に生活に困窮しているのにその問題は表には現れづらく、多くの80後が社会に計上されていないと指摘する。

 

著者は現在の80後が豊かな時代に生きているように見えるのは仮初であると主張する。それは言論の自由がない国(正確に言うと自由より権力が強い国)に韓寒というペンでのし上がった著名作家が存在する矛盾を指摘していることに表れており、著者は韓寒が持つ勇敢さを認めてはいるものの「彼(韓寒)は「喋れないこと」と「喋れること」の間にある非常に安全な道を見つけただけだ」と切り捨てている。

 

面白いのが80後には文革のような自己と密接に関わる歴史的事件が存在しないと指摘していることである。確かに中国では2003年にはSARSが、2008年には四川大地震が起き北京オリンピックが開催され、そのどれもが中国のみならず世界中に知れ渡ったが著者は全てが一時的な事件に過ぎないとしている。四川大地震の際には多くの80後の学生が被災地に向かったが、それは歴史的に存在感がない80後がその空虚さを埋めに行っただけだと主張する著者の視線は冷たい。この存在の空虚さや歴史的繋がりがないという言い方はリオタールの『大きな物語の喪失』とも似ている。

 

 

本書の後半は80後の一般人とのインタビューになっている。女性博士、会社社長、独立を目指す会社員、家族もいるが夢がない会社員彼らの口から出る言葉は過去、現在、そして未来に至っても不平不満ばかりである。女性差別、学歴差別、戸籍問題、高い物価などを上げ、苦労を経験した自分たちと比べて今の若い者は根性がないとボヤいて90後を羨ましがる。生活に根ざした不公平の解消を訴える彼らの声は悲痛ではあるがそれほど切迫感はないのはそれでも彼らが生活できているからだろう。

 

インタビューの最後には外資系に勤め、結婚し子どもがおり、趣味はマラソンで、深センの戸籍を持っていて生まれてこの方特に不自由を味わってこなかったリア充が登場する。この彼だけ書面でのインタビューだったようでここで彼が喋っていることにどれだけ正直さが伴っているかわからないが、前出の4人とは明らかに違う彼は他の80後が欲している幸せを持っていてインタビュー中に不満を口にすることはない。

 

またこの彼はもし自分が人より優っているのであればと前置きし、それは父母が努力をしたからだと答え、我々80後は50後や60後より幸せで、チャンスに溢れていろんな夢を叶えられる素晴らしい時代に生きていると少しも気後れせず主張する。

 

現在の80後は20代後半から30代後半ですでに家族を持っていてもおかしくない年齢だ。ましてや中国の平均結婚年齢は28歳だから一般的な80後はすでに社会の中核であり更に家族の中心として存在していることになる。そのような人間はもう自分たちの幸せの追求を諦め、前述のリア充の父母のように子どもの幸せのために働くべきだろうか。だけど今の社会状況では親が抱える不平等は子どもに移るので、並大抵の努力では不自由を解消することはできない。

 

やはり自分たちの幸せを見つけることが大事ではないかと思うが、そのような小さな幸せ、例えば趣味とかはリア充の80後のように満ち足りていてようやく見つけられる。人はどんなに幸せな状態にあっても更なる幸せを渇望するが、根本が不幸な人間にはそれ自体不可能かも知れず、80後の環境を改善しなければ今後中国社会にはますます不平等感が蔓延するかもしれない。

 

龍瓶(中国語タイトルは龙缸):骨董時光

 

 

798芸術区の骨董品店兼書店で発見。前日にここで作者のサイン会が開かれていたようで唯一残っていたサイン本を偶然手に入れることができました。

 

 (作者の本名 劉越のサインがある)

本書はミステリ小説のジャンルに属してはいないがとある骨董品にまつわる謎に翻弄され、解明しようと言う人々を描いている面ではミステリ小説とも言えなくもない。骨董品をテーマにしたミステリ小説は少なくないが、本書ではそれを巡って殺人事件が起きることはなく、あくまでも骨董品の謎のみを中心に物語が展開します。

 

 


北京では名の知れた骨董収蔵家の安夢帰の住まいである四合院には清の時代から文革を経て現在まで隠されていた明朝時代の巨大な陶磁器の水瓶、通称『龍瓶』が遺されていた。明の皇帝が所有していたという国宝級の骨董をオークションする権利を得たオークション会社の時光は喜んだのも束の間、ライバル会社も全く同じ龍瓶を出品していることに気付き、どちらかが贋作ではないかという疑念を抱く。調査を経て贋作疑惑を強めた時光はついに景徳鎮まで向かい龍瓶の由来を確かめようとする。一方、安夢帰の一人娘である安晴は時光の部下として龍瓶を調べていたが、ライバル会社にいる大学時代の恋人の唐非との出会いが彼女の運命を変えていく。


 

 

龍瓶とは上の写真のような巨大な水槽です。

 

作者の骨董時光は現役の骨董品鑑定士ということもあり本書で紹介されている骨董品の見分け方はきっと作者本人の経験と知識に裏打ちされたものなのでしょう。物語の肝である龍瓶は文革中に壊されないように人の盲点を利用した場所に隠されていたのですが、作者の背景を知っているともしかしてこれも現実にあった隠し方なのかと楽しませてくれます。

 

清朝、中華民国時代、日本占領や文革などという中国史を踏まえた中国骨董業界を読者が重さを感じない程度に描き、更には舞台をイギリスにまで移して贋作に翻弄されるプロの様子が現実には存在しないはずの贋作に厚みをつけています。

 

不満点は視点の入れ替えが頻繁でキャラクターの個性があまり生かされていないことです。例えば時光はせっかく景徳鎮まで調査に行って重要な情報を掴んでくるのにその後は全然ターンが回ってきません。安晴はアメリカ帰りで中国文化に疎く、見る人によっては少々生意気に見みられる性格で、環境を内側から破壊する主人公に相応しく、きっと彼女が周囲の人間と協力や衝突を経て龍瓶の秘密を明らかにするのではと思いきや、唐非に会ってからはすっかり個性がなくなって物語の中心から姿をひそめます。こういうキャラクターの消費はもったいないと思いました。

 

作者にはまだたっぷりネタがあるでしょうから続編は絶対あるでしょう。作者の本意はわかりませんが次はもう少しミステリ色の強い作品に挑戦して貰いたいですね。

 

あとこの本では龍瓶が埋まっている場所の上空に龍が現れたり、縁のある骨董品同士が近づくと振動するなどの神秘的な現象が肯定的というかありふれたこととして描かれているのですが、もしかして実際の骨董品業界でも稀にあることなのかなと思ってしまいました。

 

 

 

 

 海怪簡史:盛文強



 中国の海に関係する妖怪、怪人、怪異などを紹介した一冊。外篇と内篇に分かれているがこれは『体制外』と『体制内』の区別であり、外篇では人面亀の『海和尚』や『鮫奴』(人魚)、オットセイ?の妖怪『海狗精』(表紙の妖怪)などの単なる化物や、海の外の中国とは異なる国に生きていたとされた『長臂人』(手長)や『長股人』(足長)や胸に穴の開いている『穿胸人』などが収録されている。内篇では海の神様である『禺強』や堯の息子の『丹朱』、護法神となった『嘉氏二怪』などの中国の神様や祖先?が紹介されている。外篇は結構ユーモラスな海怪が多くいわゆる妖怪画集って感じなのだが、内篇は真面目な文献の紹介といった感じであまり面白くない。

 紹介文の出典が『山海経』や『聊斎志異』、『子不語』などの古典だけど本書では現代語に訳されているので読むのがそれほど難しくはない。

 ほとんどの海怪がイラスト付きなのが嬉しい。だからこそ値段がこの本のサイズでは高額な69元(1,100円ぐらい)に設定されているのだろうか。


五道口吧故事 著:賀

 

9つの短編からなる本書には北京の有名な学生街である五道口で発生した事件が吧(BBS)や微博(マイクロブログ)、微信(ウィーチャット)や他のSNSで不特定多数の第三者によって勝手に説明、解釈、推理されていく様子を描いた日常系の小説です。実際の吧や微信などの形式を流用していて従来の小説と構造が異なっているだけではなく、主人公もいないどころか小説の大半がコメントやニュース記事なのでけっこう実験的な小説と言っていいかもしれません。

 

 

五道口についてちょっと説明しますと、この地域は地下鉄の五道口駅を中心にしてショッピングモールやレストラン街が立ち並ぶ学生街です。また、北京語言大学を始めとした大きな大学が周辺にあり、各大学からの交通の便も良いのでその大学に通う外国人がたむろする留学生街でもあります。

外国人向けのバーやクラブやレストラン等も少なくなく、特に留学生の数が多い韓国人向けのお店が目立ちます。日本人向けなら、去年惜しくも閉店したとんかつとカレーのお店『ばんり』や日本語の漫画が読める現在休業中のマンガ喫茶『B3』、安い値段でそこそこの寿司などを食べられる『一心』などがあります。

 

ただし五道口は今でこそ深夜でも開いているお店が多いですが、十数年前はかなり辺鄙で治安の悪い場所だったようで、実際に日本人男子留学生が五道口で行方不明になる事件も起きています。(現在も行方不明のまま)。

 

また、私が留学していた時代には2008年か2009年に韓国人の女の子が黒車(白タク)の運転手に強姦されて殺されるという話を聞いたことがあります。この話は真偽不明ですが当時の私は本当に起こったことだと信じていました。

 

 

本書はその五道口で起こった殺人事件やニュースサイトに取り上げられた三面記事などがインターネット上で姿の見えない情報発信者たちによってどのように伝播されていくのかを書いていますが、別にインターネットやSNSの影響力の強さを書いているというわけではありません。

作中では犯人の素性を暴けみたいに鼻息の荒いコメントが出てきますが、それらの反応が現実に反映される様子の描写はなく作品世界はネットのみで完結しています。毎日BBSSNS等に貼り付いている人間の大半は新しいニュースに一喜一憂し、自分たちが予想だにしなかった真相に驚くだけの受け身なのですが、その中にはまだ公にされていない新事実をアップする存在もいます。第三者だけが集まって喧々諤々と限られた情報について喋っているところに新しい情報をもたらしてくれる情報提供者は重宝されますが、その正体を考えると今度はそちらに興味が向かいます。

本書ではこのような事情を知る人間のコメントを出してホラー風味を付け足していますが、その他に明らかになる真相というのが本当に意外なので、伏線のない新事実の後出しはアンフェアではあるもののミステリとしてもまぁまぁ楽しめました。


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