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栖鄭 椎(すてい しい)
年齢:
34
性別:
非公開
誕生日:
1983/06/25
職業:
契約社員
趣味:
ビルバク
自己紹介:
 24歳、独身。人形のルリと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。



副管理人 阿井幸作(あい こうさく)

 28歳、独身。北京に在住している、怪談とラヴクラフトが好きな元留学生・現社会人。中国で面白い小説(特に推理と怪奇)がないかと探しているが難航中。

 Mail: yominuku★gmail.com
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このブログは、友達なんかは作らずに変な本ばかり読んでいた二人による文芸的なブログです。      

 

2015414日から16日にかけて、日本在住の中国ミステリ小説家・陸秋と著名な中国ミステリ小説家・呼延雲のトークショーが北京で開かれました。この模様はおそらく今後、新星出版社や雲莱塢などから公式の文字起こしデータがアップされるでしょう。ここでは3日連続で出た私が備忘録としてその時の内容を書き起こします。

 

私の聞き間違いや理解ミスで作家の意図と違うことを書いていたらすいません。

 

 

4141830 北京市王府井付近 商務印書館内 涵芬楼書店2

トークテーマ 「推理迷的青春―『新本格』的初期風格」

(ミステリマニアの青春―『新本格』の初期の作風)

語り手:陸秋 

新作『当且当雪是白的(雪が白いかつそれのみ)のサイン会を兼ねたこのトークショーには40人ほどの若い読者(多分大学生)が陸秋のトークを聞きに来ていました。今回は主に日本の1980年代後半及び90年代前半の新本格ミステリについて紹介し、最後に現在の中国ミステリに生まれている『新本格』作品を取り上げました。実はこのトークショーは北京が初めてではなく、48日に上海ですでに行っています。その時は上海在住のミステリ小説家陸燁華と時晨もいたようです。

 

 

トークで陸秋紹介した日本の新本格ミステリは以下の6作品です。

 

綾辻行人『十角館の殺人』

我孫子武丸『8の殺人』

有栖川有栖『月光ゲーム Yの悲劇'88

歌野昌午『長い家の殺人』

法月綸太郎『密閉教室』

芦辺拓『殺人喜劇の13人』

 

これらのうち、後半3作品はおそらく中国で正式な翻訳版が出ていません。

中国では民間翻訳(ファンが勝手に作品を翻訳し掲示板やSNSサイトにアップする)が依然として盛んです。それは、今回のトークで陸秋が早坂吝の名前を出した時に、まだ一作も中国版が出ていない日本の作家に対して笑い声などの反応が起きたことからも読み取れます。

 

ですが、今から30年ほど前の上記6作品が果たして中国でどれほど知られているでしょうか。それに今回の聴講者はおそらく大学生ばかりです。しかしそれは1988年生まれの陸秋も同様なのですが、古く且つ未翻訳の作品を紹介できる日本在住という立場を持つ陸秋の強みが感じられます。

 

 

陸秋は上記6つの新本格ミステリが如何に現実と乖離し、また設定過剰であるのかを面白おかしく説明。聴講者たちはときに笑い、ときに感心しため息をもらしながらトークに耳を傾けていました。

 

そして後半は中国の新本格ミステリを簡単に紹介。

 

陸秋槎『当且当雪是白的

胡正欣『悪意的平方

騰騰馬『烏鴉社

陸秋槎『超能力偵探事務所

時晨『罪之断章』、『黒曜館事件』、『鏡獄島事件

呼延雲『嬗変

 

日本の新本格同様、これらの作品もキャラクターや世界観が現実離れしている、動機がおかしい、トリックのためだけに存在するギミックがあります。

 

自身ももともとミステリマニアだった陸秋槎は『票友』(京劇用語。京劇を見るだけだったが、趣味が講じて道楽で挟撃を演じるようになった素人役者を指す言葉。愛好家という意味)がプロ作家になり、少年少女を主人公として学校生活を舞台にする青春ミステリを書くようになったと説明。日本の新本格作家と同じような生まれ方をした中国の新本格作家ですが、日本の新本格作家が探偵を捨ててストーリー性の高い現実的な作品を書くようになったのと同様の事態が中国でも起きます。

 

例えば、時晨のように青春ミステリから脱却し大人の探偵が出る作品を書く作家や、呼延雲のように強力な力を持つ非現実的な少年少女探偵が出る一方で市場を考えた内容の作品を書き、青春要素と商業要素のせめぎあいをしている作家が中国でも登場します。

 

 

 

 

 

また、陸秋槎は416日も1400から北京市広渠門内大街 建投書局内の北京50+書店にて翻訳者の趙婧怡(東川篤哉や西澤保彦などの作品を翻訳)とトークショーを行いましたが内容は大体同じでした。(この日は50人ぐらいのやはり学生らしき若者が多かった)

 

ただ、趙婧怡が「なんでミステリの作者ってみんなオタクなの?」という切り口から、森江春策Pの名前でニコ動にアイマス動画を投稿している芦辺拓のエピソードを出すのは流石に笑いました。

 

陸秋槎はトークショーに来ているような若いミステリマニアが作家になった場合の日本と中国の共通点を語りました。この話が彼らの心にどう響いたのか。彼らの創作活動にきっと良い影響が出たことでしょう。

そして、中国のミステリマニアも作家になれば最終的に自分が愛した新本格を捨てることになるのでしょうか。これは陸秋槎自身の動向に注目です。

 

 

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『歳月有張凶手的臉』著:孫未

 

ギブアップ

 

前作『単身太久会被殺掉的』を途中放棄した私にとって今回はリベンジマッチでしたが半分読んだところでダウンしてしまいました。

 

  本書はSNSサイト『豆瓣』のレビューで高い評価を得ているミステリですが、そもそも私はこれをミステリ小説として楽しめませんでした。どうも私は孫未と相性が悪いようです。しかし、私の周りにいるミステリ好きの中国人も「そんな本読むんなら○○を読め」と言っていたので、合わない人がいるのは間違いならそうです(前回もこんな忠告受けたなぁ)。とりあえずあらすじを簡単に紹介。

 

 


教師の宋俊偉は20年前の級友で現在は成金の周乾坤を殺さねばいけない理由があった。ある晩、アリバイトリックまで使って彼の死体を処理した宋俊偉だったが帰り道で自分が遺棄したはずの周乾坤の死体が乗る車を発見する。そして、その車が爆発する光景を見た宋俊偉は自分以外の何者かも周乾坤を殺したがっていたことを知る。ひょんなことから同じく級友で現在は刑事の許心怡から事件捜査の協力を頼まれ、真犯人を追うことになった宋俊偉だが、調査で明らかになったのは級友たちの変貌だった。級友が次々と容疑者となって現れる中、宋俊偉は真犯人を見つけることができるのか。


 

 

自分たちが学生の頃にはなかった微信(中国版LINE)を使って同窓会グループを作り、大人になった今でも日常的に当時の同級生たちと連絡を取るという設定が現代中国の世相を反映しています。実際にそうしている人は多いのでしょう。外国人の私ですら、留学時代の仲間がいる微信グループに所属して彼らとたまに現状報告をしています。

微信の音声メッセージ機能に残っている被害者の声を使ったアリバイトリックというのは初めて読んだのですが、微信が2011年にできて、2013年に音声メッセージ機能ができたことを考えるといささか古臭く感じます。とは言え本作はこの微信が事件関係者を結ぶ重要な役割を担っているので、良いアイテムとして存在感を出していました。

 

 

20年以上の歳月が経ち微信によって再び交流を取った同級生たちはみな大人になり、ある者は他の同級生を害する冷血漢に変貌します。そんな鬼畜に対し主人公を含めた旧友が復讐の牙を剥くという、『歳月有張凶手的臉』(歳月が人を犯罪者の顔にさせる)にふさわしい展開です。

 

設定は魅力的、展開もめまぐるしい、しかし読んでいて辛いのは何故か。

 

それは私にとってこの本がミステリ小説の体をなしていなかった点にあります。

 

この物語の最大の謎は、自動車を爆破した真犯人は誰か?ということにあります(多分)。しかしこれが全然魅力的ではなく、この一つの大きな謎が物語を貫くだけのパワーがないので、合い間に小さな謎が無数に挟まれることになります。この連続に読者は「全然飽きない!」と思うか「くどくてうっとおしい!」と思うかのどちらかでしょう。私はもちろん後者でした。

 

謎の小出しとは要するに一つの謎を解決したと思ったらまた別の謎が生まれて、新たな人物から新たな真実が語られるということです。本書では次々と容疑者が出現するのですが、彼らが「容疑者ではない」ことを証明するために割かれるページの多いこと多いこと。「こんなに読んで事件と関係ないってどういうことだ」と怒ったり嘆いたりしたことは一度や二度ではありません。これが400ページ続くのだから、こういう展開が合わない人間にとって読むだけで苦行です。

(もしかしたら最後には全てが収れんするかもしれないが私はそこまで耐えられない)

 

 

本編は4つの章に分かれており、私はその前半2つを読んだところで放棄してしまいましたが正直に言うと2章から面白く読めてこのまま読み終わるんじゃないかというぐらいハマりました。主人公の宋俊が捕まるまでの1章は苦痛というか、導入部分で100ページも使うのかとうんざりしましたが、1章ラストで宋俊の行動もまた真犯人の手の中にあったことが判明した後の2章からは、犯人の一人称視点で進んでいるのに宋俊偉が犯人ではないとはどういうことだと今後の展開を期待しました。

そして、2章ではすでに警察の監視下に置かれた宋俊偉が自分のプライドをかけて真犯人を探すのですが、容疑者の数が多すぎるし、それら全てにスポットを当てるものだから冗長なことこの上ありません。確かに物語は大きな謎の解決に向けて着実に進みますが、○○を殺害したのは実は宋俊偉ではなく、新たに○○の娘の○○が容疑者として浮かんだかと思いきや殺害計画は不発に終わっていたりと、全く遅々としています。

 

結局私はここでギブアップしました。

 

 

 

実際、『豆瓣』でも冗長さを指摘しているレビューがあります。とは言え、それが決定的な欠点と言われてはいませんし、何よりも100人以上が高評価を下しています。

 

 

・自分は時代遅れのミステリ読者なのか?

 

 

本書を読んでいるときに、ふと以前見ていたが途中で飽きてしまった中国サスペンスドラマを思い出しました。そのドラマは連続殺人犯を追う刑事の話で、ストーリーでは毎回実行不可能だろうと思う難解な殺人事件が発生します。優秀な刑事の推理によって序盤で犯人が捕まるのですが、実は犯人の背後に真犯人がいて捕まった人間はおとりにすぎなかったという真相が明かされます。そしてまた物語が進み、今度こそ真犯人を捕まえたかと思いきや、実はその背後にまた…という内容でどんどん引き延ばされていき、全数十話あると言うのにまだ10話にもなっていない段階でこんな展開されたらとても見続けられないと判断して視聴を切りました。

 

本書もまた次々に新しい謎と容疑者が出て来るのですが、一般読者にはここが受けているのです。これは、ドラマのように読者を飽きさせまいと何度もどんでん返しをするミステリ小説が現在の主流の一つであり、これに乗れない私のような作者は時代遅れということなのでしょうか。そして本書のような見どころをたくさん用意している作品は中国ミステリの新しい一ジャンルとして成立しているのでしょうか。

 

 

自分が全く評価できなかった作品に多くの人間が高評価を下しているさまをみると、なんだが時代に置いて行かれている気がしてたまらなく怖いです。

 

 
 

 3月31日に中国版『容疑者Xの献身』(嫌疑人X的献身)が中国大陸で上映されました。

 私は当日18:30に西単という場所にある映画館で見たのですが、予想に反してお客さんは少なく、席は半分ぐらい空いていました。まぁこれは明日土曜日も平日扱いで仕事があったからかもしれません。日中の学生街の映画館ならまた違った混み具合になっていたかもしれません。ちなみに若い女性2人組が多かったです。彼女らが東野圭吾読者なのか、それとも主人公役の王凱のファンなのかはわかりません。


 せっかく初日に見たので映画の感想を書きたいのですが、この映画の楽しみ方って原作や日本版映画と比較して「ここはこうなっていた」とか「これは省かれていた」みたいな確認だと思うので、それを書くこと自体がネタバレになるのではと思いました。そもそも、こんな知名度の高い作品のトリックなんかバラしたところでもう誰も怒らないでしょう。トリック自体が映画オリジナルだったら秘密にするべきですがそんなことはなかったです。


 そのため、Twitterには感想を書かず、完全ネタバレありとしてこのブログに映画を見ていて気付いたことを羅列します。ちなみに、これを書いた人間は原作を読んだだけで日本版映画及びドラマを見たことはないのでそれらに関する知識はほとんどありません(ウィキペディアを読んだ程度)。ですので、日本版のオマージュやリスペクト描写があっても気が付いていません。


 1.名前について

 舞台が中国で登場人物も中国人ですので、名前も当然中国表記になっています。
 湯川は唐 川(唐が名字で川が名前)、石神が石 泓、草薙が羅 淼、靖子が陳 婧、美里が陳 暁欣となっていました。ここでは混乱を避けるため日本語名で書きます(富樫とか名前忘れた)
 ちなみに、日本のドラマにいた内海薫はいなかったです。


2.環境設定

 石神は原作同様高校の数学教師でしたがそのクラスは学級崩壊(授業崩壊?)していて全く授業になっていません。しかし石神はそれを気にせず黙々と数式を書いています。

 湯川は大学の先生というか、公安の顧問として働く大学の副教授でした。私人じゃないので堂々と捜査に参加できます。

 靖子は小さなレストランの店長という役どころで、石神は毎日そこで同じメニューを朝ごはん?として買っていきます。



3.事件について

 開始10分で富樫の死体が川で発見されます。顔を潰され、指紋が焼かれ、近くには衣服が燃え尽きぬまま放置されていました。原作では新品だった自転車が、中国の最近の事情を考慮してレンタサイクルになっていました。
 私にとって最大の懸念点であった死体の入れ替えトリックですが、中国版でもちゃんと浮浪者が使用されていました。

 また富樫は靖子にロープで絞め殺され、美里がその手伝いをしました。これも原作通りですね。


4.人間関係

 湯川と石神は大学ではなく中学か高校の同級生という設定で、原作より濃い友情が描かれます。草薙は彼らの同期ではなさそうです。また彼ら二人は途中登山に行きます。これは日本版映画のリスペクトですね。そして後半、原作では素直に警察に出頭した石神ですが、映画では美里を狙いに行くと見せかけて湯川を襲って警察に逮捕されます。



5.その他

 冒頭で湯川が先日解決したという超音波装置を使用した物理学者が犯人の事件の講義をしていましたが、これはまさか日本版ガリレオのリスペクトだったのでしょうか。

 石神が原作より可哀想な環境にあり、また、より不器用な人間として描かれていました。原作であった自信すらなく、より哀れみを誘う存在になっていました。

 靖子はそんな石神を気にかけ彼に服を買ってあげようとします。石神に対して恐怖を抱いていなかったですが、工藤の登場によって動揺した石神に脅され、初めて彼を憎みます。原作で石神が靖子に送った「私のことは忘れてください」の手紙はなかった、と思います。それは石神の独白で処理されました。

 原作では3月10日がネックになっていますが映画では4月12日となっています。中国では北京で毎年3月初旬に『両会』という超重要な会議が開かれるのでそれゆえの改変でしょうか?ちなみに映画の舞台は『江北』となっていますがそれが南京かはよくわからない。


 石神と美里の交流。薄い壁を叩いてモールス信号を送り、壁越しに聞こえる美里の吹く楽器の音色に石神は癒やされます。

 原作では留置場で石神が泣いて終わりですが、映画ではそれから3ヶ月後が描かれ、公安の建物内部で四色問題の本を持ってエレベーターから降りる湯川に対し、手錠をかけられどこかに連行されるためにエレベーターに乗り込んだ石神が「それ難しいか?」と聞くシーンが追加されています。



総評

 大きな改変はなく、原作を読んでいないと理解できないという内容ではなかったと思います。湯川と石神の友情に焦点を当てており、彼らにバドミントンをさせ、登山をさせ、お互いの家(湯川の場合は職場で)で飯を食わせて邂逅の喜びと、警察と犯罪者の間に生まれる疑心暗鬼を上手く描いていたと思います。特に二人の少年時代の交流などは場内から黄色い声が上がるほどでした。また少年時代の石神役の少年が可愛いんだ。


 今回はビジネス街近くの映画館で夜に見たわけですが、今度は土日に学生街の映画館に行って反応を見てみたいと思います。できればその時まで人気が続いていてほしいです。


 

本書には表題作『二律背反的詛呪』の他に『雪地怪圏』(雪原のミステリーサークル)、『聖誕夜的詛呪』(クリスマスイブの呪い)、『利馬症候群』(リマ症候群)の4つの短編が掲載されている。

『雪地怪圏』は2009年に、『聖誕夜的詛呪』は2010年に『歳月推理』誌上に掲載された作品です。『二律背反的詛呪』も2009年に前述の雑誌に掲載されましたがその後ネット小説サイト『雁北堂』にも連載されました。そして『利馬症候群』は自費出版という形で2015年に世に出ています。

要するに67年越しのかなり遅れた短編集ということでしょうか。ちなみに『利馬症候群』と同時に出た『偵探前伝』には中国語翻訳者の稲村文吾氏の後書きが中国語で書かれています。

 

 

『雪地怪圏』は雪原に描かれた巨大なミステリーサークルの隣で被害者が倒れており、一体犯人は何の目的でそんなことをしたんだ?というハッタリの効いた作品です。

『聖誕夜的詛呪』は別にクリスマス死ね死ね団が活躍する話じゃなく、『神』を名乗る狂人が有名人の死を次々と予言し最後は自分自身を殺し、翌日予言の内容が全て現実になっているという話。あまりも突飛で実現不可能な話に読者はきっとすぐに清涼院流水の『コズミック』を思い浮かべるでしょうが、オチに至るまでの過程がひと工夫施されている。

これら2つに関してはおぼろげながら内容をまだ覚えていたので『熊猫らしいなぁ』以上の感想を出しようがなかったです。

しかし『二律背反的詛呪』は良いくどさが出ていました。新作だと思ったぐらい面白かったです。これは足の不自由な青年の部屋で首無し死体が発見されるという入れ替えトリックを連想する出だしから始まりますが、死体の状況が違和感だらけということが明らかになります。被害者の身元をわからなくするために頭部を切断したのなら何故彼の自宅に死体を放置したのか。調べればすぐ身元がわかるのに障害のある青年の足をわざわざ傷付けたのは何故か。青年が生前と死後で服が違うのは何故か、など犯人のちぐはぐな行動に頭を悩まされる作品です。

それらを解決するのが流浪の探偵・御手洗濁(御手洗潔のモデルで島田荘司とも交流があるという設定。)。本書でも当然のように事件現場にいて、浮浪者同然の子汚い格好で警官の鮎川天馬に食事をたかったり金を無心をしたりしてとにかく格好良さは皆無です。それに作者もこの探偵をアウトローやハードボイルドとして描いておらず、御手洗濁というキャラクターそれ以上でも以下でもない存在に過ぎません。

 

3作品は熊猫らしさが出ていてそのトリックの再現性はともかく評価に値する作品でしたが、最後の『リマ症候群』は正直なところ読んでいてまったくピンと来ませんでした。この作品のみ御手洗濁が出て来ず、また舞台も日本ではなく中国であるため純粋な御手洗熊猫のオリジナル作品とも言えるのですが、輪郭のぼやけた出来になっているのは単に主人公の不在が原因だからでしょうか。

話は誘拐犯グループの下っ端である男が誘拐した女性の世話をする中で彼女に好意を抱き(これをリマ症候群と言うらしい)、一緒に脱走するために自分がこの誘拐には参加していなかったアリバイを作ろうと知恵を振り絞るという内容です。

今までの熊猫作品とは明らかに一線を画しており、前3作品と同じ気持ちで読むとつまらないという感想を受けます。これ、同じ本に収録したのは失敗だったんじゃないでしょうか。

 

熊猫はとにかく短編のストックがありますから2017年も2冊ぐらい出るかもしれません。それ自体は歓迎しますが構成をもう少し考えてほしいです。

昔は日本を舞台にしたパロディミステリーを取り扱ってくれる中国の出版社がなかったから自費出版の道を選んだ熊猫ですが、今は状況が進展したとは言え、完全オリジナル作品はまだ単体で売れないから御手洗濁シリーズとくっつけて販売するしかなかった事情が垣間見えます。まぁただの妄想ですが。

 

 

 

 第4回カバラン・島田荘司推理小説賞受賞作。2013年に中国で起きた実在の事件をもとにした作品だが、本書最大の見どころはその事件を調査することではない。

 

 


全盲の馮維本はドイツ人夫婦に養子として迎えられ、名前をベンジャミンと改名し幼少期からドイツで暮らしていた。だが「男児眼球くりぬき事件」をきっかけに中国行きを決意。養父母の心配を億劫に思いながらICPOである温幼蝶とともに中国へ渡る。だが現地では事件の捜査を邪魔するかのような出来事が立て続けに起こり、ベンジャミンは第三者の存在に気付く。


 

 おそらく日本でも報道されたであろう「男児眼球くりぬき事件」とは、2013824日の晩に山西省の村で6歳の少年がよその土地の言葉を喋る女性に話しかけられ山に連れ出されたところ両目をくりぬかれたという事件である。

 子どもの目をえぐりとるという悲惨な事件に世論が沸き、警察も犯人逮捕にやる気を見せて10万元の懸賞金をかけたが事件は思いがけない形で決着する。

 830日に少年の伯母である張会英が井戸へ飛び降りて自殺をしたわけだが、93日にその伯母が犯人であることが警察から発表された。

 

参考:被害少年に関する百度百科

 

 この事件の最大の謎は少年の証言と犯人像が微妙に食い違っている点だ。まず、少年いわく犯人はよその土地の言葉を喋ったとあるが、これはつまり犯人がこの土地の人間ではないということを表す。また、少年と伯母は同じ地区に住んでいないとはいえこれまで数回顔を合わせており伯母のことは知っていたはず。

 

 他にも多くの謎がある事件だが一応犯人は伯母のまま被疑者死亡で決着した。

参考:男児眼球くりぬき事件に関する7つの謎

 

 まず注意したいのがこの作品は現実に起きた「男子眼球くりぬき事件」の新たな犯人を見つけ出して当局の捜査に疑問を投げかけたり社会に真犯人の存在を訴えるという作品ではないということである。

 

 犯人の正体や動機などが作中で語られるがそれはあくまでもフィクションであり、インパクトはあっても結局作品のメインではない。では作中一番の謎は何かというと主人公○○自身にある。振り返ってみると○○の身の周りには不思議な出来事が起こっており、○○には何か大きな秘密が隠されているのだろうと考えられなくもない。しかし彼自身が盲人ゆえに読者も彼を通じた情報しか入ってこないからなかなかその謎にはたどり着けないのだ。

 


 本書『黄』は簡体字版だが2015年に既に繁体字版が出版されている。そして今年簡体字版が出るという段になって表紙デザインがネットに発表されたのだがそれが中国人読者の大不評を買った。そして現在出版されたデザインへと変更されたというわけだが、ではボツを食らった表紙は一体どういうものだったのか繁体字版と比較して見てみよう


 簡体字版ボツバージョン


 繁体字版


 黒字に黄色の一文字が映える繁体字版のシンプルなデザインは大陸でも評価されている。「それに比べてうち(大陸)の表紙はなんだ」と読者をなおさら落胆させた簡体字版の表紙が上のもの。黄色い下地に両目が描かれ、片方の目が手のようなもので覆われていて左下には犬のような動物がいる。全体的にうるさい感じがしてのっぺりしている。


 そして現在の表紙となったわけだがやはり情報過多のような気がする。比較対象となる繁体字版という優秀な見本が既にあるからどんなデザインになったとしても見劣りしてしまうのはしょうがないが、表紙がダサいから簡体字版は買わないと言う読者も存在するかもしれない。中国ミステリーは表紙の段階から読者の評価がはじまるのである。




 


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